不節操な転向者なのでしょうか? | ノイズのなぐさめ

ノイズのなぐさめ

歪んだ美意識。
ちっぽけ 些々たる しがない
たわい無い 些末 末梢的
スマート、スィート、デンジャラス
大切なのは長く働くこと。

その男、宗教の敵か、味方か?

 不干斎ハビアン?
 まずご説明をすると、ある人物の名前です。
 どこの国の人でしょうか? 山本モナ、みたいに日本とどこかの国の「ハーフ」でしょうか? 
 いいえ、純粋な日本人です。出家し禅僧となった後にキリシタンに改宗したため、このような不思議な名前なのです。
 いつの時代の人でしょうか?
 一五六五年、桶狭間の戦いの五年後、戦国時代の真っ只中に生まれ、織豊時代を生き、一六二一年、第二代将軍徳川秀忠の時代に没しました。
 いわば歴史上の人物であるわけですが、相当な日本史通でもその名前を耳にしたことはないと思われます。しかしこの不干斎ハビアン、日本の宗教史いや思想史上看過できない、まことに重要な人物なのです。
 禅僧からキリシタンに改宗し、当時日本を席捲したイエズス会の理論的支柱として活躍、仏教とキリスト教を比較し、前者をコテンパンにして後者の優位を語る、世界で初めて東西の宗教を比較検討した『妙貞問答』という本を著します。この『妙貞問答』がおもしろい。「ブッダは結局人間」「仏教も儒教も神道も畢竟同じもの」「すべては『空』なんて、この世の始まりを説明しない仏教では救われない」と、仏教を批判してキリスト教の優位を説いていきます。しかしこのハビアン、元は禅僧だっただけに当然のことながら仏教にめちゃくちゃ詳しい。その仏教批判を読んでいくと、逆説的に仏教の本質がよくわかる。いわんやキリスト教に関しても。
 当時最高の知識人であった林羅山と論争をするなど、キリシタン全盛の時代にあって縦横無尽に活躍したハビアンですが、突如行方をくらまし、沈黙を守ります。その間、豊臣秀吉や徳川幕府によって、キリシタンへの取り締まりが厳しくなり、後に続くキリシタン禁制の時代を迎えます。そうした風潮に影響されたのかどうか、ハビアンは再び姿を現します。しかしなんと、あれだけ称揚し自らも深く信仰したキリスト教批判の急先鋒として登場したのです。ご丁寧にキリスト教批判の本まで用意していました。それが『破提宇子(はだいうす)』です。
 つまりハビアンは出家して改宗して棄教したのです。こんな人物、他にいるでしょうか。はたして彼は不節操な転向者なのでしょうか? それとも新しいタイプの宗教者なのでしょうか?
 この謎にみちた人物の生涯と思想に、浄土真宗の僧侶である著者が迫ったのが本書であります。『妙貞問答』『破提宇子』を読み込み、その宗教性、晩年に至った境地を、同じく宗教者である著者が明らかにしていきます。詳しくは本書をご覧になっていただくとして、ハビアンのこの特異と思える宗教性が、実は現代日本人の宗教性と極めて近いところにある、という結論部分は読み応え十分です。

不干斎ハビアン―神も仏も棄てた宗教者―