読書量と記憶力はすさまじく、 | ノイズのなぐさめ

ノイズのなぐさめ

歪んだ美意識。
ちっぽけ 些々たる しがない
たわい無い 些末 末梢的
スマート、スィート、デンジャラス
大切なのは長く働くこと。

東京市(現・東京都)生まれ。アメリカ留学から帰国し第二次世界大戦時には結核持ちであるにも関わらず徴兵検査に合格したため、徴兵を避けるために海軍軍属に志願した。戦後、海軍を除隊後に『思想の科学』を創刊し、『共同研究 転向』など思想史研究を行う。アメリカのプラグマティズムの日本への紹介者のひとりで、都留重人、丸山眞男らとともに戦後言論界の中心的人物とされる。

ベトナム戦争期は「ベトナムに平和を!市民連合」(ベ平連)の中心的な人物として活躍した。反戦運動を行う中で、戦時中に海軍軍属に志願した事に関して「なぜ戦争中に抗議の声を上げて牢屋に入らなかったっていう思いは、ものすごく辛いんだよね。だから、英語がしゃべれるのも嫌になっちゃって。戦争中から、道を歩いていても嫌だって感じだった。鬱病の状態ですよ」と本人は後に釈明している[1]が、これに対しては、多くの若者が徴兵され戦地へ向かう中で、自らの学歴や語学力、家柄を縦に「徴兵逃れ」をし、安全な内地にとどまったことを批判する者もいる。 

肩書きや職業、学歴や家柄にこだわる権威主義的な面がある[2]一方、大衆文化へ着目しており、趣味は漫画を読むことで、漫画評論の先駆けの一人である。なお、九条の会の呼びかけ人の1人である。テレビ番組『ハケンの品格』がお気に入りで、軍属時代に翻訳と新聞発行を一手に引き受けていた自分と、同番組で描かれていた派遣社員とが重なって見えると語っている。
父は前述の通り鶴見祐輔であり、政治家後藤新平は祖父にあたる。社会学者である上智大学名誉教授の鶴見和子は姉。鶴見直輔は弟。英文学者・翻訳家の横山貞子は妻。息子の鶴見太郎は早稲田大学文学部准教授。なお、『ナマコの眼』等で知られる人類学者の鶴見良行は従弟。

エピソード [編集]

多くの仕事を鶴見とした、筑摩書房の編集者松田哲夫によると、鶴見の読書量と記憶力はすさまじく、『ちくま日本文学全集』の編集作業の際に、幼少期からの膨大な既読書の内容をすべて覚えており、それが「赤川次郎作品すべて」にまで及んでいることが判明。他の編者たち(安野光雅、森毅、井上ひさし、池内紀)らも唖然としたという(松田著『編集狂時代』より)。

期待と回想 語りおろし伝 (朝日文庫 つ 12-1) (文庫)
鶴見 俊輔 (著)