シバの女王はシバ王国の支配者で、ソロモンの知恵を噂で伝え聞き、自身の抱える悩みを解決するために遠方の国家からエルサレムのソロモン王の元を訪れたとされる。その来訪には大勢の随員を伴い、大量の金や宝石、乳香などの香料、白檀などを寄贈したとされる[1]。
新約聖書ではこの名での言及は無いが、代わりに「地の果て」からやって来た南の女王(Queen of the South)と表現される[2]。
その統治期間はソロモン王とほぼ同時期の紀元前10世紀頃と推定される。シバ王国の所在については有力視される2つの説があり、エチオピア説によればその名をマケダと呼び、イエメン説によればビルキスと呼ぶ。ただし、両説ともこれを裏付ける考古学的発見は未だ皆無である。
エチオピア説ではさらに、ソロモン王とマケダの間に生まれた子をエチオピア帝国の始祖メネリク1世であると位置づける
ビルキス、あるいはシバの女王への旅 (単行本)
アリエット アルメル (著), Aliette Armel (原著), 北原 ルミ (翻訳)
この小説は、画家ピエロ・デッラ・フランチェスカの大作『聖十字架伝説』をめぐって交錯する、二つの物語からなる。一方の主人公は、『聖十字架伝説』のなかに描きこまれたひとりの人物、シバの女王ビルキスであり、他方の主人公は、これを描くはずの画家ピエロだ。太陽の照りつける砂漠とオアシスの国と、薄暗く寒い冬のイタリアの田舎町。旧約聖書の世界とルネサンスの世界。場所も時代もかけ離れたそれぞれの物語が、交互に展開し、しだいに接近を見せ、最後は密にからみあう。2002年ウエスト賞受賞作。
内容(「MARC」データベースより)
大作「聖十字架伝説」はいかにして生まれたのか? 時はイタリア・ルネサンス。画家ピエロ・デッラ・フランチェスカを自分の傍に引きとめ、フレスコ画を描かせようと、妻は東方の伝説「シバの女王」の物語を語りはじめる…。 。