ときには洗脳のためにカラオケが | ノイズのなぐさめ

ノイズのなぐさめ

歪んだ美意識。
ちっぽけ 些々たる しがない
たわい無い 些末 末梢的
スマート、スィート、デンジャラス
大切なのは長く働くこと。

チベットには、少なからぬ数のカラオケ・バーがあるらしい。フィンランドではカラオケ世界大会が開かれているし、中国には超セレブ用のカラオケ施設があり、米国のテネシー州チャタヌーガにも約二十のカラオケスポットがある。と、そんな類の話が写真とともに満載されているだけでは、テレビのドキュメント番組と大差がない。ならば、売春宿と同義のカラオケ・ルームがあるいっぽう、パイプオルガンの役をカラオケに担わせて賛美歌を歌う教会があるとか、識字率向上や教育、ときには洗脳のためにカラオケが利用されているといった事実を挙げれば、社会文化論となり得るのか。

 世界におけるカラオケの受容と、その文化に即したカラオケの出現といったテーマは、面白すぎるがためにかえって論じることが難しい。都合の良い結論、小賢しげなコメントなど、いくらでも成立してしまうところが罠(わな)なのである。

 カラオケは「メインストリーム」無き大衆文化である――と著者は述べる。つまり「何デモ有リ」ということで、だから思わせぶりな論評など紙面の無駄ということになるだろう。

 シニカルかつ好奇心に満ちた視線で、著者は異形なカラオケを眺めていく。言わずもがなの感想などは述べない。その代わり、カラオケは自己顕示欲を歪(いびつ)に満たしてくれるけれど、論ずることもまた、ある種のカラオケに近い営みであることを我々に気づかせてくれる。そういった点で、本書はまことにクールである。

 日本のカラオケ事情や発展の経緯について、英語圏の住人である著者はおそろしく些細(ささい)なことまでをも記している。元社会党委員長の土井たか子が「マイ・ウェイ」をカラオケの十八番にしていたことすら見逃さない。その博識ぶりにはインターネットの力が不可欠であったろうし、語られる日本の微妙に現実感を欠いた肌触りもまた、それがカラオケ化した世界であることを示している。松田和也訳

『カラオケ化する世界』

シュン・ジョウ
出版社:青土社
発行:2008年1月
ISBN:9784791763870
価格:¥2520 (本体¥2400+税)