Beijing China July 2009

2009年7月 北京

 

娘と外国でスケート北京編

 

北京では3か所のリンクで滑った。

 

旅行記

https://www.compathy.net/tripnotes/1013

 

あるリンクで小さい子を2人連れた女性が娘に話しかけていた。

日本国籍の中国人である。

中国の国家コーチに教えてもらうこととなったので移動。

 

この後、数回北京に渡り指導を受けることになる。

 

言葉は分からないがすごく指導がわかりやすい

と娘は言う。

 

後で調べると、先生はアイスダンスで中国一位、オリンピックに出ていた。

 

リンクは一般人シャットアウトの完全選手専用の施設もあり、

社会主義国色濃い施設もあり良い経験となった。

 

娘は結局スケートを辞めてしまったが、グローバル社会のを生き抜く中でよいきっかけになったと思う。

 

Jakarta Indonesia July 2009

2009年7月 インドネシア ジャカルタ

 

当時フィギュアスケートをしていた小学6年生の娘と、スケート靴を持って、アジアの国を見に行って色々感じてもらうことにした。

 

出発当日、ジャカルタの高級ホテルで自爆テロが起きた。

 

旅行記

https://www.compathy.net/tripnotes/1012

 

下流、中流、上流が住み分けられた街だった。

 

線路沿いのスラムで暮らす人。

 

最近の経済成長でショッピングモールで余暇を過ごす人。

フェラーリやベンツで買い物に来る人。

同じ国でのこの差を娘に見せたかった。

 

ショッピングモールで毎日滑る。

インドネシアにも飛びぬけた選手がいた。

 

家族4人でスクーターに乗っているのに驚く我が娘。

 

ある日のタクシードライバーが良い人だったので、スラム街への案内をお願いした。

「絶対我々だけで来ないように」

念を押され、3人で線路を入っていく。

 

みんな良い人だった。単独で来ると豹変するのか。。

 

 

 

ドライバーと3人でモスクへ。

モスク向かいに教会がある。

 

「我々は共存している。何の問題もない」ドライバー。

イスラム、キリスト各原理主義者よ、このドライバーの心を聞け。

彼こそが真の原理主義ではないのか??

 

Mộc Bài, Ho Chi Minh City VIETNAM July 2008

2008年7月 モックバイ、ホーチミン ベトナム

 

カンボジアから歩いて国境を渡りベトナムのモックバイでお茶をした。

みんな人懐っこい。

 

 

ここからホーチミンまでバス移動である。

 

旅行記

https://www.compathy.net/tripnotes/1023

 

ホーチミンは大都会であった。

2008年当時は建設ラッシュ。タケノコのように建築中のビルがそびえる。

 

ここにも負の遺産、ベトナム戦争博物館がある。

少数の富の利益のために人々は殺戮されていったのであろうか。

アメリカ軍の写真コーナーにうなだれる米兵の写真があった。

 

 

現在のうつ病のチェック表はベトナム戦争の米兵用に開発されたのが元だ。

 

歩いているとぼったくりの売春宿があった。

呼び込みの男女がビール一杯US$1と言って誘ってくる。

 

 

本日初出勤という純朴そうな女性がエスコートして店に連れていく。

中に入るとカウンターに親父と20名くらいの女性が居た。

僕に二人ついてコーラを飲む。

カウンターの親父が好きな子を選んで奥の部屋に行けと。

US$60。

断ると驚く。そしてUS$21を請求される。

女性のコーラ一杯がUS$10だと。

 

先ほどの初出勤の女性が外までついてくる。何か言いたげであった。

僕はチップを彼女に渡したが、彼女は受け取らなかった。。

 

先ほどの呼び込みの男女の写真を撮る。

「世界中にお前らの写真ばらまいてやる」

と言ったら、彼は慌ててカメラを取り上げようとしてきた。

 

この国も貧富の差は増すばかりである。