Phnom Penh, Bavet Cambodia July 2008

2008年7月 カンボジア プノンペン、バベット 

 

 

富める人、そのままの人

片足がない人、両足がない人は腕で歩く。

 

旅行記

https://www.compathy.net/tripnotes/1021

 

クメール・ルージュ、ポルポト派の負の遺産と

発展著しいカンボジアの活力が混在する。

 

朝の活力

博物館のポルポトの蛮行の跡。

 

 

夜になると飲食店が残飯を大通りに捨てる。

KFCの残飯とコーラの飲みさしに集まるホームレス少年たち。

 

 

プノンペンからバスでベトナム国境の街バベットへ向かう。

バベットはカジノがありホテルが沢山建設中だった。

 

途中手のない卵売りの子供と、盲目の物乞い男性がバスに来る。

 

 

バベットはのどかな街だった。

プノンペンよりも笑顔が多かった気がした。

 

 

 

平和なカンボジアはまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

Manila Philippines Nov. 2007

2007年11月 フィリピン マニラ、タガイタイ

 

マニラと日本人シニア向け施設のあるタガイタイを訪問した。

人懐こい民族性と語学力は魅力がある。

 

旅行記

https://www.compathy.net/tripnotes/1037

 

過去の植民地の歴史から、民族語、フィリピノ語、スペイン語、英語が話せる人が多い。プラス日本語だ。

 

英語圏のコールセンターも英語に癖のあるインドからフィリピンに移動してきている。

日本人もこの地でリタイアプランを立てればリーズナブルに介護が受けられるだろう。

 

とはいえ、夜のマニラは変な奴が多い。

日本語で話しかけてくる輩は無視だ。

 

夜の移動は、

宿を出てついてきた売春斡旋の男と交渉するふりをして目的地でサヨナラ。

遊んだあとはまた男と交渉するふりして宿までたどり着いたらサヨナラ。

 

反日感情は全くなく、ホスピタリティ溢れる人たちに心暖まった旅であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Chernobyl,Pryp'yat’ Ukraine July 2007
2007年7月 ウクライナ チェルノブイリ

チェルノブイリツアーに参加した。参加者はスウェーデン人の若者3人、イギリス人の老夫婦、僕の6人。
案内は軍が担当、マスコミ、ジャーナリスト、記者すべてを担当しているという。

旅行記

土は踏まないように注意。
最後に放射能チェック。
しかしカメラが壊れた。
街は1986年のまま。