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気ままに気楽に

今日も息をしています。

 

 

 

正解は猫のヤンピーでした。

 

しかし、ワイが子供の頃に飼っていた和種白猫もそうだったけれど、ホント隠れるのが好きだわね。

 

だけれど今日もワイが宿直明けで家に帰ったら吐いていたけれど、昔の猫はこんなに頻繁に吐かなかった気はするけどれどね、人間と一緒で平均寿命が延びた分、虚弱体質になってるかもしれんな。

 

まあ吐こうが何しようが元気は元気、池乃めだかの全盛期のにゃんこ形態模写なみの元気いっぱいであればヨシ!ですわ(=^・^=)

 

 

 

ワイが丁度、学生の頃の新喜劇は寛平ちゃんとめだかちゃんの全盛期で滅茶苦茶おもろかったわ、コレ以上のお笑いはワイはない!と言い切るわ(=^・^=)(笑)

 

プロのお笑いのバリバリがマジで笑ってるやろ、伝説やで(笑)涙出て腹よじれまっせ、やっぱお笑いは地球を救うね。

 

格子戸を潜り抜け~って昭和のおっさんは一度は歌ったことがあるだろ?鼻歌でも。

 

デビュー曲にして当時の国鉄キャンペーンソング、しかもオリコンで12週1位ってなっていて当時もその後もずっとラジオやTVで流れていた印象がある名曲である。

 

小柳ルミ子のワイの印象は色っぽいお姉さんでオヤジ人気もあった処かな?

 

あんまり歌手活動をしなくなって愛のセレブレーションなんてやりだしたときにはなんじゃこりゃ?でしてけれど、今も現役なんですかね?

 

とにかくワイらの中ではネコヤナギルミ子ーなんて言ってたけれど、歌唱力がダントツに突出していた女性歌手だとは思いますね、だからオヤジ人気もあったんだと思うよ。

 

まあワイらはこの人は永遠にこの曲のイメージかな。

 

 

 

わたしの城下町 小柳ルミ子

 

 

 

 

 

 

 

ワイは今やYouTuberの中でも大人気な江頭2:50の動画を常に観ていますが、それはただ単に彼のファンであたおかであるというだけでなく、彼がお笑いに命を懸けてそして物凄い努力と勉強をしている、ワイにはない彼の真摯さが心を打つので視聴しているだけである。

 

その彼が尊敬しているコメディアンとしてバスター・キートンとチャプリンを挙げていて、つまり形態模写だけで視聴者に伝わるパワーというのかな?そこが素晴らしいと言っていてワイは改めて江頭が何故?此処まで大きくなれたか?理解出来た気がする。この両者に関しては映画人やコメディアンだけでなくロックほかポピュラー音楽の偉人にも多大なる影響を与えているね、リンゴ・スターとかね。

 

 

 

「裁かるるジャンヌ」、1928年に公開されたフランスのトーキー映画、コレはデンマークの映画監督カール・Th・ドライヤー作で幾つかザ・シネマで放映していたので観た次第である。

 

日本公開が1929年、昭和4年だわ。ワイのオヤジが生まれた年だぜ。たぶん?当時は活弁士の活躍した時代で晩年期だったかもしれないね。あの「悪魔が来たりて笛を吹く」の時代世界観の時代だろう。

 

よくジャンヌ・ダルクといえばフランスの女闘士でいわばフランスのアイコンのような存在で英国で19歳で処刑されるという短い生涯ではあるが、その生き様というのはあらゆる日本や世界中の女性の中でも闘いをしている人たちの永遠のイコンのような存在である。

 

 

よく映画とかで岡田斗司夫なんかも言っているけれど台詞が多い、顔で演技するなよ興ざめするんだよってのがあるんだけれど、この映画はその英雄ジャンヌ・ダルクが捕虜になってからのなんというのかな?俺なんかの俗な感覚では理解できない清廉と言うか凛々しいというのか、ルネ・ファルコネッティの特に静かな演技が色んな台詞以上に雄弁にその状況、そして心象風景を語るのはコレ如何に?というか凄みがある。

 

フランスも大概、処刑って中世の時代はギロチンとかエグイが、英国もコレは火あぶりだからねしかも19歳の女性を。

 

まあ中世の15世紀の時代は今とは違い平均寿命なんて40年がイイ処だろうからもう男子女子も16歳ともなれば成人である!って時代とは言えね、凄いとは思う。ただ戦争とかで英雄になったものは例外なく見せしめのために公開処刑されるのは今も昔も不変である。

 

戦争に善も悪もないけれど、ある種殉教者になることは多い。もちろん大量虐殺者でもある。

 

だがそのお国の為にって日本的な皇軍な感覚でいえば英雄なんだろうね、とにかく1928年にこういう映画が出来ていたって処にフランス映画の底力ってのかね、コレは日本の邦画も相当影響を受けた?のではないかと勝手に推察する。

 

とにかく映像の力、ド迫力、人間の顔の凄みを感じる映画である。

 

訴えかけるのに余計な言葉はいらない、行動力である!と痛感する。とにかく強烈。

 

 

 

 

1971年いきます。

 

別に大HITしたわけではないが、ワイら世代が性少年時代を過ごした70年代は第二次怪獣ブームと特撮が潤沢にあった時代である。

 

ワイらが子供の頃に家の裏手に禿山があってそこで遊んだのが仮面ライダーごっこと仮面の忍者赤影ごっこであった。

 

東京の従妹が父方の婆ちゃんが亡くなった時に壮大な葬式を住んでいた須磨の一軒家の中でしたときに叔母さんたちと連れて遊びに来たときは、未だチビ子だったんでワームン人生が仮面ライダー役でワイがショッカーの戦闘員役で従妹らはワイにさらわれるなんてのを真剣にその結構でかい一軒家の2階でドタバタ、活劇をしたもんである。

 

ワイは仮面ライダー役させてくれーやっていってもゴツンってやられるのでしまいやったからな、イー!って唸りまくっていたわ。

 

カルビーが当時、仮面ライダースナックって今のサッポロポテトみたいなスナック菓子を出して近所の駄菓子屋で買うも中身食わずに怪人カードだけ集めてポイ捨てしたりして、スナック購入禁止令?みたいなのが学校から出たこともあったね。

 

近所の幼馴染の一人っ子の我儘なバカ同級生はこのレコードやらソノシート持っていたな、もう親が甘やかしってのでよく家行って聴かせてもらったよ。

 

セブンやウルトラファイトのソノシートも持っていたから羨ましかったな。

 

ワイはお年玉で変身ベルトを買ったような気がするわ、ワームン人生は色々買ってもらっていたけれどね、ワイはいつも服とかでもお下がりばっかりやったで😿

 

ということで全国区になるのは2号ライダーの放映からのようですが、特に毎日放送での放映だったのでしかもこの原作の漫画も読んだことあるけれど、石森章太郎も証言していますが、コレは実写化に向けて作ったらしい。同じく人造人間キカイダーなんかも。

 

高校にあがって初めて同じクラスで違う中学の奴と仲良くなって、そいつの家に初めて遊びに行ってS&Gなんかのアルペジオを途中まで弾くので、俺が仮面ライダーの歌歌うからさ、伴奏つけてって言ったらなんかロックみたいな曲だねって言われた昔が懐かしいわ。

 

最初の子門正人(藤浩一)が歌うヴァージョンではなく、藤岡弘が歌うヴァージョンを真似たんだよ、改めて聴いたらロックだったよ。子門だと元祖アニソン色が出て少し違うんだよな。

 

なんせワイはウルトラより等身大ヒーローが好きやったね、特に初期のライダーとキカイダー、赤影は別格で今、東映特撮ch、時代劇専門chのYouTubeで無料視聴できるからイー!って唸りながら真剣に観てますわ(笑)

 

 

 

レッツゴー!!ライダーキック

 

 

 

 

 

9月も宜しくってことでなんか、関西人の性ってわけではないけれど焼きそばが食べたくなって隣町の鉄人の街に行ったけれど水曜日は何処とも軒並み定休日で参ったわ、しょううがないから年中無休のそばめしやに入って持ち帰りのぼっかけそばを頼んだ800円。

 

空調の効いていない出店みたいなところで鬼暑い日にコレはたべれんからね、ぼっかけとはスジ焼きそばなんで若干値は高くなるってコレは大なんだけどね、ビール500ml呑みながら家で食べたわ。

 

ワイはスーパー総菜で粉モノは買わない、基本は。外で食べるのが一番。

 

ズバリ言うとSNSで焼きそばって料理出してるの観るけど、すべて駄目だ。俺はお好みと焼きそばには煩いねん、大概が大したことない焼きそば作って喜んでるけれど、俺の地元の焼きそばには勝てない、お好みとかたこ焼きも論外やね、マヨネーズ付けている時点でOUTよ。

 

焼そばの神髄は細麺ね。太麺とかは素人のこどもでも出来る、チェーンの大したことない処は太麺なのはそういう意味合いがあるんだよな。下手は焦がすからね。焼きそばの太麺なんか邪道もイイ処やな。

 

しょうもないこだわりを語ってるけれど今月も宜しく生ビールステーキ

 

 

 

 

ワイら世代は鉄人よりバビル二世やね、ロデムが格好良かったね。