
ワイはというかワイらの年代で親が健在な方が少ないわな、もう両親が居なくなってかなり年数は経つわね。
ワイら馬鹿兄弟の生まれは割と両親が晩婚(オヤジは未婚で何人か?女こどもが居たらしい?)で歳いった頃の子どもなんでね当然別れも早いわけよ。
タイトルに関してなんだけれど体質や性格、好みなんかはワイら世代は男はゴンタ、女はズベ公スケ番なんかが結構いたんでね、今のガキどもよりかは荒っぽかったと思うわな、今思えば。よーお前らは須磨の浜で捨て子で拾ってきたんやって母親にワルさしたら言われたもんだわ。
体質-喘息持ち、アレルギー性鼻炎、腰痛持ち、耳鳴り難聴。この辺は全部母親に似ているな、母親は50代の時に完全に左耳が聴こえなくなっていたね。あとはド近眼なんだが、コレは子供の頃仮性近視の時にメガネ屋とヤブ眼科に騙されて1年ごとに近眼が酷くなった、曰く常にメガネをかけておけと、だから体の成長が止まるまで近眼の度が進んで今なら身障者レベルに視えなくなった、今は近くも遠くも視えない、サイテーな状態よ。
この辺から大人の言うことは嘘ばっかりってのが分かったわ、ボクシング真剣にガキの頃からしたかったけれど近眼で諦めた。
性格-瞬間湯沸かし器でありながら気長という相反する処があるな。コレはオヤジの影響があるかな、短気に関してはね。
オヤジの世代では戦争に行こうとして(行ったかもね?)終戦か?そういう時代の男なんでね、もうある程度漢やったらやらんかい!我慢せい!無茶苦茶したれ!ではないけれどね、そういうイカツイ部分もあったけれど俺は弟でワームン人生馬鹿兄貴ほど厳しくされんかったというかさ、ワームンはマジに町内のゴンタ番長やったからしばきまくられてたね、俺はそういうのはまあなかったわ。
趣味-音楽、映画鑑賞、ボクシングというのは両親とも好きでね、プロレスは八百、相撲は八百でかたわのすること、先代朝汐(徳之島出身)なんかは文盲で馬鹿で糖尿予備軍がする競技?って。その割には娯楽が今ほどないから観ていたけどね。
野球、サッカーなんかの団体競技はオヤジは嫌いでおふくろは巨人オンリーというか長嶋ファンやったわ。だけれど甲子園で藤村富美男が格好良いとか言ってたからライバルの阪神と巨人の要はミーハーなんで田淵とかも好きやったみたいね。オヤジは一回キャッチボールして分かった、嫌いではなく球技が下手過ぎて嫌いなんやと。二人とも力道山や馬場は好かんけれど猪木はシュッとしてて良いって言ってた。力道山に関してはオヤジが東京に住んでいた時代にリングサイドで観たらしいけれど、ヘッドロックってしてるけれど腕を緩めてるのが観えてコレはインチキやと見破り?ボクシングだけが真剣勝負であるリングの中の競技は!って感じたらしい。カシアスクレイのことを褒めていたね、両親とも。まあ格好いいしほら吹いて全部実現するしね。アフリカンでありながら混血なんでそう肌が褐色でなかったってのもあるかな。オヤジは白人を嫌っていた、たぶん占領されていた時代にムカついたんだろうね、あいつらの目は山羊みたいで気持ち悪い、黒人の方がイイって言い切っていたから。
音楽や映画はまあ沖縄に近い奄美の徳之島出身なんでね、なんでも好きというかプレスリーやらマーロン・ブランドとかジョン・ウェインとか好きみたいやったね。もちろん俺のオヤジは長男なんでね一応、1月1日生まれだから狭い家に親戚一同集まるというかさ、沖縄料理ってのかさ正月はとにかく派手に豪華にしていたよ。闘牛とかもあるからね、ワッショーイって毎年派手にしていたわ。
オヤジは新しモノ好きで世界のSONYがWALKMANを発売して2代目が世界で一番売れたんだけれど、それを買ってね。俺にくれたんだよな。そんで俺がまあオヤジは鶴浩とかサブちゃんとかバタヤンとかカセットで聴いていたけれどワイはそれでStonesとか聴いていたのよ、それでオヤジがおう、あの刺青の男つーのか、えーなアレはって言ったのは少し驚きでしたけれどね。まあなんか今宿直仕事帰りで思い出したなぁ懐かしくって文章長いんや!(笑)
The Rolling Stones - Waiting On A Friend