スライダーズっていうのは俺は最初、なーんも知らなかったんだけれど1年だけStonesのファンクラブに入っていて、その会報誌にNeedle and Spoonsが原宿クロコダイル?かなんかでLIVEってのでほんと会報誌の小さい写真入り(モノクロ)の記事を観て、なんか雰囲気あるじゃんってのが最初というかな。
その後メジャーデビューして、当時仲の良かった俺ら回りで一番雰囲気のあるギター弾く奴にコレコレって言われてファーストアルバムをレンレコで借りて聴いてジャケ観たらあの時のアイツらじゃんってので認知しました。
その後、そいつなんかがまあ60年代70年代ロックやブルーズ好きで自分のバンドでスライダーズやらCCRというよりハノイ・ロックスのカヴァーとかしてて、なるほどなぁって感じだけれどあんまりピンとはこなかったんだよ。
その当時はARB、Stonesの初期、ブルーズの偉人(ジョン・リー・フッカー、マディ・ウォーターズなど)ばっかり聴いていたけれど、このバンドに関しては邦楽にしてはなんか良いんだけれど、70年代Stonesのコピーだなぁって印象しかなかったけれど3枚目のアルバムが出る前だったと思うけれど、京都のピフレホールって小さい箱(定員200人くらい?)で消防法OUTだろう?ってくらい客が入っているから驚きでした。俺当時成人していたけれど、中高生の俺より少し下の世代がえらい熱狂的だったような記憶があるわ。
立ち見でしんどいのでその当時は俺もホントのロックバカ一代だったんで観えねーなってのでそのホールの梁の出っ張りに腰かけて(2mくらいの高さかな)、なんかどう昇ったか忘れたけれど俺だけスライダーズを見下ろす形で横から観ていたんだよな。
物凄い盛り上がりだったけれど、なんつーかな以前にModsの初期のLIVEとかSTALINのやばいGIG観ていたのでそこまでどうとも思わなかったけれど、不愛想でぶっきらぼうでMCもほぼなし、新しい曲を1曲やるぜぇって村越弘明が言ってなんか重ーい感じの曲をやっていたのが「チャンドラー」だった。
その後、俺らもバンド遊びでバンマスのリーダーのギターのやつがスライやARBやろうやぁってので遊んでいたけれど(俺が楽譜持っていたんで)初めてオープンGコードってのを知ってなんか省略しててなんかレギュラーチューニングとは明らかに違う音色が出るんでこの雰囲気かぁってのでなんというか独特の残響音ってコレから生まれるのね?って妙に納得したりした。
別にチョロンと弾くだけでしたけどね😆
1977年にロックは死んだ、POPSしか残らないってジョン・ライドンが宣言してPILを結成、で実際にそこから30数年後ロックなんて音自体がオールド・ウェイヴどころか若者が聴く音ではなくおっさんおばはんの郷愁を誘う音になったかもしれんが、こないだのGWのスライの再結成武道館LIVEをWOWOWで観ていたら、なんか俺の性春時代が少し蘇ったかな。
早川義夫がかっこういいことはなんてかっこうわるいんだろうって言ったのはある種、真理だが俺の中ではかっこういいものは永遠にかっこういいとはいえる。
絶滅危惧種の恐竜みたいなモノかもしれないけれどね、ロックやロック的なモノって。でも永遠だとは感じたな。
古館かぁ、やっぱりプロレスの実況が一番よかったよ(笑)



