この長ったらしい名前のタイ人のプロボクサーは無表情で試合を運ぶのでデスマスクという仇名がついていた。
戦績72戦66勝47KO4敗2分。
ムエタイの3階級制覇王者で無敵を誇ってから国際式プロボクシングに転向して僅か4戦目でWBAバンタム級世界王座奪取、コレは同じタイのS・ライト級の世界王者センサク・ムアンスリン(ガッツ石松をボコボコにした伝説の選手)以来の異例の速さでまさにインベーダー、侵略者というしかない。
しかもバンタム級は日本でもホープ、スター選手も多いので辰吉含めずっと全勝で日本選手キラーとも言われていた。
俺の中でまあ梶原一騎の漫画「空手バカ一代」に騙されたクチなんでムエタイ最強説があって、もし世界中で武器なしで徒手空拳だけでやればタイがショッカーの如く世界征服する素敵な幻想を真剣に信じていた時代がある。
そのくらいタイ人にとってはムエタイは身近にありラジャナムダンとルンピニーかな?2大団体のムエタイ王者は相当の実力者で微笑みの国とは別に格闘大国という側面があるのは否めない。
競技人口が多くてかつその競技が500年以上歴史があるというのは俺の格闘文化論から言えば強いでしょう、ボクシングが2300年ですからね。そのムエタイでも破壊力のある国際式向きの選手であれば、こういう異例に早く対応して世界王者になるのが居ても不思議ではない。実際、俺の友人で大学の卒業旅行でタイに行った奴がムエタイをリングサイドで観て賭けもして遊んだらしいけど迫力あったねぇって言ってた。試合もそうだけど会場も合法に観客が賭けしてるでしょ、会場もヒートアップしてアチコチで喧噪があったそうな。おまえーようそんなヤバいの行けるねって俺は言ったけれど、そいつは高校時代からの友人で一応身長が185cmあって町道場ではあるけれど空手の有段者なんで平気なようでした、一緒にバンドして遊んだけれど(BASS)、パンチも少し貰ったことあるけれどあんまり大したことなかったけどね、軽かったというか痛い程度で重さを全然感じなかったけれどね、でも須磨の同年代の中では中学時代は夕焼け番長だったらしいわ。
フィリピンとかタイって亀田兄弟が日本に連れてきてポンコツなロートルが試合を負ける為だけに来るって印象も強いが、本物は沢村忠の昔からK-1とかでもメチャ強い王者が居たけれど、その中の一人なんだろう。
インべーダーと言えばミラーマンを思い出すな、なんか不気味で気味悪かったなあの特撮も最初観たとき暗かったしね。

