
もうこういう日々は永遠に戻らない、しかしながら未来の何の根拠もないけど今より生活が明るくなるのを信じて生きていきたい。
初めに断わっておきますが前記事から閲覧されている皆様、ワタシは大丈夫です。
心配ご無用です。こういう記事は回顧録として余裕が出来たから書けるのです。
本当に苦しければ書けませんし、生活の苦しい部分は行政に訴えますので届け物等不要です、誰にも(親友二人にも)現住所を明かしていないので届け先不明になるので了承願いたい。
(前回の続き)
1月25日夕刻、近所の総合病院に兄を車で連れていく、傷は浅そうだが出血が多い。
生死に別状はないが、傷口から黴菌が入るのが危ないらしい。
救急の外科医が俺に説明して、消毒は済ませたので傷口にホチキスを三カ所した。
外科医曰く今は針で縫う時代ではなく大きな医療用ホチキスで傷をふさぐらしい。
麻酔もしなくていいので主流らしいが流石にその光景は痛々しかった。
兄は翌日、俺の動きを察知したのか?反省したのか自ら行きつけの神経内科に行き診察、投薬の見直しをしたようだ。
俺からしたら今後も頭痛の種ではあるが病気なので仕方がない、いつかは別れて暮らすだろうし。
翌朝、出勤する際に1階(俺の部屋は3階)で母親がベッドから立とうとして立てなそうな様子を観た。
いつものことだからと気にも留めなかった。
そうしたらその日は日勤で夕方に帰宅したのだが仕事終わりに兄に連絡したら母が倒れて救急車を呼んでいるとのこと。
意識はしっかりしているが自立して立てないということらしい?
後でわかったことだが左の腰骨をはく離骨折していたらしい。
俺達が観ていない処で自宅で転倒を繰り返した挙句なったんだろう、自業自得である。
ポートアイランドにある中央市民病院に救急搬送、5時間後俺たちは待たされたあげく病名判明、翌日地元の希望する総合病院に入院することに。
骨折自体は大したことなく10日ほどで退院。
今後は自宅養生及び安静にしつつリハビリすればいいだけ。
もうすぐ要介護の認定があるのだが今より確実に重くなる
今後は家の中に手すりなどを取り付け、今は週一回のデイサービスのみだがステイや1週間連泊とじょじょに介護に慣れてもらい、痴呆もさらにすすんできたら施設入所の運びとなるだろう。一応今の処地元の介護センターの職員とそういう計画を想定してある程度未来予想絵図は立てています。
前置きは長くなりましたが、少しづつではありますが脳天ファイアー(母親の造語)!!とアホの猪木ばりに叫びながらブログを再開したいと考えております!!
The Mods- Born too Loose
馬鹿で音楽好き程長生きするのさ、たぶん(笑)!!
THE MODS☆TOMORROW NEVER COMES
今日すら見えないのに、明日が来るのか?明日からの生活なんて誰にもわかるかよ。