PUNKという概念は俺の中では英国だけのモノだと思っていたといいますか、日本のPUNKシーンの動きは知らなかった当初。

アナーキーが丁度、たまたま学校さぼって家で朝のワイドショーTV観てたらなんか人民服みたいなの着た奴らがなんかけいれんしそうな引きつりそうな感じで歌っていたのを観たのがいわゆるJapanese PUNKとの初めての遭遇。
それまでピストルズとかクラッシュの英国PUNKしかそういうモノは知らなかったので少し衝撃を受けた。
後にPUNKではないがルースターズ、ARB、The Modsなんかのビート系を知ることになる。
少し時間が過ぎてこのINUの存在を知ることとなる。
当時、たむろしていた神戸三宮のセンタープラザの最上階の輸入盤専門店で確か?PUNKやJAP PUNKのコーナーが充実していたWOODSTOCKってあったのだけれど、俺たちのようなトンガリキッズから60年代~70年代Rock好き、バンドやってまーす少年、中年が集まる店でINUとか暗黒大陸じゃがたらの存在を知る。
INUのファーストアルバムは無かったけど、暗黒大陸じゃがたらの「南蛮渡来」を購入、後に初回2千枚プレスの限定盤で貴重盤だと知るが、友人に借りパチされた(涙)
INUのファーストは結局、入手できずレンタルレコードか友人に借りてカセットに吹き込んだ記憶があります、なんかしれないけど異様な言葉の迫力を感じた。
英語じゃなく日本語で伝わるダイレクト感が魅力で特に言葉の意味が当時の俺たちに重要性を持つPUNKでは尚更だった。
町田という男は大阪で10代にして大蔵映画や新東宝、中川信夫のざっくりした映像とかのモンドな世界観(俺は20代半ばで知った)を既に知っていて俺たちボンクラリスナーやシーンの何歩も先を行っていた才人だと今もって感心してしまう。
この映像は気味悪いほど感動的だ。
INU/ライト・サイダーB(スカッと地獄)
俺の中でINUというバンドは永遠でJapanese Punkの最高峰である。
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