ワタシの地元の小史と散歩 | 気ままに気楽に

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今日も息をしています。

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昨日、1月3日は年末に立てた計画?を実行すべくロングウォークを敢行したのである。

知り合いに60歳の男性の方が居るんですが、その方はとても60歳に見えずスマートで見た目40代でも通用するようなストーンズやザ・フーの連中の様なスリムな人なんですけどなんでも週に一度は登山をしていて、毎週欠かさずしているらしく往復で5キロの距離でそう無理をせずしているらしく、丁度5キロでしかも勾配のそう急でない山を登ると一週間、ふくらはぎが軽く快調だそうなんです。

そういう話を聞きましてデブリーンな体型になっているのもありワタシの地元の山は急こう配でかなり初心者や中高年には厳しい山でしかも麓に行くまでの距離がゆうに急こう配で2キロはあるのでいきなりそういう登山をすると9年前に大阪でクルマ乗車中にタクシーに追突されて、左膝に後遺症が残っている自分の膝がパンクしかねないのでまずは近所の公園のウォーキングから始めてその方のようにスマートになりたいとこの2012年新春から思い立ち敢行したわけである。

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この近所の公園は20数年前は神戸市民球場という野球場と屋外大プール場とテニスコートが10面あった広大な敷地に数年前に完成したのでありまして、屋外プールではむかし高校生までの競泳全国大会なんかも開催された事があり近所の2級年長のよくキャッチボールで遊んだ友達が平泳ぎで小学生の大会で全国3位とかなっていたけど彼は野球は下手やったけど水泳のそのスピードは凄まじく、ワイの馬鹿兄ぃがクロールで50メートルの競争を挑んだが、大差で完敗していたのである。兄弟そろってうつけ者ではある。

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草野球少年だった子どもの頃はよくココにあった市民球場に高校野球や都市対抗の野球を観に行ったものでした。
都市対抗野球は近畿地区予選まで、高校野球は兵庫県内地区予選準々決勝まで開催されておりいわゆる昭和の高校野球の黄金時代、怪物江川や原、定岡、東洋大姫路の松本等が活躍した時代はよく足しげく通って甲子園球場も含めて地方大会を観に行ったものでした。松本の剛速球は間近で観ましたけど、左腕でしかも剛速球を投げる投手は高校生では居なくて軽く全国制覇もして、プロでも活躍出来る逸材と言われましたが阪急に入団後、泣かず飛ばずで西宮北口駅近辺でパチプロとかした姿を一般人に目撃されております。

ちなみにワタシは子どもの頃は報徳学園が好きでしてそこの三迫選手?が掛布なんかと雰囲気が似た当時では珍しい右投げ左打ちの選手でローカルですが恰好良くて女性ファンも多くいたスター選手で憧れでもありました。惜しくも全国大会に出場できなかったのですが東洋大姫路に阻まれたと思います。

ですのでワタシの中では未だに善の報徳、悪の東洋大姫路というイメージがあります。
今はもちろん違いますけどね。

この公園は芝生があり中央にスモールベースボールが出来るフェンス付きのグラウンドがありジャングルジムや砂場があり休憩用のベンチがあり公衆トイレがありウォーキングやランニング専用のトラックがありましてかなり最近に近所に出来た公園の中でも広大な充実した公園です。

トラック1周で400メートルらしいのですがワタシは少し大周りに外周の芝生や沿道を歩きましたので、1周500メートルをとりあえず3周しました。

それでも1周半越えたあたりからひざ痛が起き始め、少しびっこをひきながら残り2周を歩きました。

因みに家からは200メートルくらいの処にある公園なので全て換算しても2キロ弱程歩いたかな?

30分はかかりましたね。

でワタシが小学生の時に担任だった当時、定年間近の女性教師によりますと(この方はおそらく?明治生まれの地元育ちなので生き字引みたいな方で校長より貫録がありました)この地域一帯は大昔、江戸時代は沼といいますか大きな池だったそうです。

それで蓮が多い池だったので蓮池と呼ばれていたそうで町名に未だに名残がありまして蓮池って言葉が残っています。小学5年生の時かな?21世紀の子供たちに読んでもらう未来の作文なんてのを二宮金次郎かなんかの銅像の下にお骨みたいな感じで埋めて35年以上になるけど開封なんかしていないだろうな?

といいますか阪神淡路大震災があったりして避難所になったりしたので当時の事を覚えている人間ももう誰もいないでしょうね。

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ここがその公園の横にある体育館なんですが冬場に温水プールもあって水泳も出来、かつウエイトトレーニングも出来るのですがはっきりいって屋内プールは天井が高すぎるので温水プールとは言えず、冬場に水泳すると風邪をひくので水泳をもう数十年冬場にはしなくなりました。

夏場はたまあ~に利用しますけど何故か体が冷えるんだよね、公共の施設の限界とも言えるわな。

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ここはその体育館の別館になっておりまして昔、ボクシングの興行やARBの回転リングを使用した伝説のLIVE会場にもなった体育館です。

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よくこの体育館を見上げて思い出すのが、ナニワ金融道の青木雄二が阪神タイガース、グリーンウェル選手バックスクリーン直撃ホームラン!桑田?から打ちました~って描写を思い出すんですがこの文字にぶつけるくらいの打球は甲子園でも場外級の推定飛距離200mの大ホームランであろうから、是非そういう日本の真のスラッガーが誕生して欲しいもんです!

気分としてこの動画を貼りつけます、多くのNYの方達に勇気を与えたこのパフォーマンスはTHE WHOというバンドの長い歴史の中でも伝説的名演として今後も語りつかれるでしょう!!

WHO ARE YOU!!