殆ど毎日がおさんどんでした。後からご仏前を参りに来る人達、兄の知り合い、友人、
母の友人、ご近所さん、私の友人達、親戚の叔母さん、姪甥達の家族などなど暫くは裏方さんも
忙しい日々でした。そういう人たちの為にお茶、お菓子を出したり、お昼を作ったり、
中には3晩も泊まっていく母の友人もいて、5人、6人と増えたりするので、兎に角スーパー
には頻繁に通っていました。
そんな中、叔母達と5人で母の実家のお寺さん、お墓参り、夏に通った弁天島の夏の家
を観に行ったり(今は跡形もありませんでしたが、場所を見つけました。)、旅館に
泊まったり、母の念願の京都、清水寺も見せに行ってこられました。91になる母は元気
そうでもはやり腎不全であり、認知症も出てきているので目が離せませんが、今は
やりたいことをやらせています。

島田市にある母の実家のお寺さん、叔母さん(母の弟のお嫁さん)がガイドをしてくださった
お陰で島田も観光出来ました
私の記憶に鮮明な浜名湖の海(海に面した弁天島温泉)泊まったホテルの隣がなんと毎夏お泊まりした夏の家だったとは!!! 弁天島神社の裏手だったのですぐ分かり、母と
二人で飛び上がり喜び、懐かしみました
京都清水さんでは京のランチ、その後三十三間堂まで足を伸ばしました
叔母(84)には招待したり、招待されたりと意外と頻度会えました これも長いこと滞在した結果です 夫もすでに一員の顔です
浜松ではやっぱりうなぎをよく食べました 何回食したかなあ、、、、
私がみかんを好きなことを知ってか皆さんみかんを持って来てくれまして、ずいぶんたまりました