March Kingの「音楽徒然草」

 今日はスウェーデンの指揮者、ベンクト・エクルンド氏をご紹介しよう。
回想してここに記します。


 ブラスバンド・ファンには御馴染みの、スウェーデンのイェテボリ・ブラスバンドの指揮者である。
ヨーロピアン・ブラスバンド・チャンピオンシップには時々出場し、上位入賞を果たす実力者だ。
度々来日もしているが、ベンクト・エクルンド先生率いるブラスバンドはイェテボリの音楽大学の学生が中心で、もちろん卒業生や一般市民も参加出来るが、学外の一般市民バンドの位置付けで運営されている。
ベンクトが手塩に掛けたバンドだ。

 2005年はニュージーランド・オープンにオセアニア演奏旅行の途中で参戦し優勝した。
祝勝パーティに招かれ、会場で意気投合し、半年後にイェテボリのバンドルームへ訪問することになった。

 かつてはストックホルム交響楽団のトランペット奏者で、イェテボリ音楽大学とノルウェーのオスロ音大の教授を兼務。
北欧の有名オケで活躍するトランペット奏者は大抵彼の弟子である。

 愛車のヴォルヴォで彼の自宅まで連れてって頂いた。
鮮やかな白い壁の大きな平屋建てと思ったら、斜面に建っていて地階にも広くて美しい庭を眺める部屋とサウナルームがある。
彼の書斎はまるで楽器博物館のように古今のトランペットが並んでいた。
LPもCDも楽譜も山積み。(とても片付いている部屋とは思えない!)
でも奥さんの手料理は最高に美味かった!!!
楽しくおしゃべりしている間に、数時間があっと言う間に過ぎてしまった。

 その後はメールやクリスマス・カードのやり取りを・・・。
実は2007年の秋にジャパン・ツアーを計画していたのだ。
当時私が指揮をしていたブラスバンドとのジョイントも考えていた。 

 ところが、2007年3月末にベンクトは急逝し、直後の4月末に行われるヨーロピアン・オープン・チャンピオンシップには、ニコラス・チャイルズが代役の指揮者を引き受け出場した。
バンド内で話し合った結果、最後に思い出のCDを一枚作ってから、バンドは解散することに決まったのだった。
バンドにとって彼の存在は余りにも偉大で、ベンクトに代わる指導者はいなかったのだ。
レコーディングは、ニックの指揮でヨーロピアンの2日前に行われた。


 CDの完成後、バンドからその1枚が届いた。
ベンクト生前の録音も含まれ、ベンクトを悼む団員の渾身の演奏に、私は息が詰まる思いだった。
彼の家にまで招待されたことを思い返すと涙が・・・。

ベンクト、安らかに・・・。


March Kingの「音楽徒然草」

フランソワ・ブーランジェ氏。

 世界最高峰の吹奏楽団の一つ、フランスのギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団の楽長である。
 そもそもはオルガン奏者だが、伝統のギャルドの精神とサウンドを打ち破ったロジェ・ブトリーの後を受けて、(「昔のギャルドの音を・・・」と言う国民の声に応えて)ギャルド復興に立ち上がった指揮者なのだ。

 写真後方の肖像画は、1900年を挟み、近代ギャルドの基礎を立ち上げたパレス楽長だが、ブトリーが倉庫に放り込んでしまったものをブーランジェが見つけ、楽長室に掲げたことでも彼の意思が伝わって来る。
(私にとっては吹奏楽の聖地とも言える)バンドルームへは2度伺ったが、ブーランジェはギャルド復興について切々と語ってくれた。

パレス楽長の夢を大輪に咲かせたのは、後のピエール・デュポン楽長だったが、世の移り変わりとともにギャルドの伝統のサウンドは、技術こそ維持したが方向性を見失った感があった。

ロジェ・ブトリーに替わってパリ警視庁吹奏楽団の楽長を務めていたブーランジェが、ギャルドの楽長に抜擢されたのだ。

そしてビロードの肌触りのようなかつての芳醇なギャルドのサウンドを取り戻すことを誓ってその任に就いたのだった。


 彼の音楽観に賛同する優秀なプレイヤー達が選抜され、現在のギャルドは構成されている。
十数年前に比べるとメンバーは若返りを見せているが、ギャルドの団員である誇りを持ち、かつて先人が築き上げたギャルド・サウンドを求めて日夜活動を続けている。

 ブーランジェは、体格は小柄だが、練習中の彼は大きなアクションで指示が明確。
演奏を止めては、要所要所音楽の情景をイメージさせる話をする。
練習室で聞いた「春祭」は、まるで夢の世界のような気分で、涙がこぼれた。
生でギャルドのリハーサルを・・・。
こんな日が訪れたことに改めて感動した。

 お邪魔した翌々日にシャンゼリゼ劇場で開催される特別演奏会へのご招待を受けた。
しかも最上の席を・・・。
「春祭」がこの劇場で初演されてから、90年目の年。
それを、吹奏楽とは言え、同じ劇場で聞くことが出来た。

 今は昔のギャルドの音が戻って来てるが、残念ながらなかなかCD製作はなかなかしないので聞くならパリまで行く方がいい。

先日来日したばかりだが・・・。


March Kingの「音楽徒然草」

世界に金管五重奏団は星の数ほどあるが、テューバ吹きである彼のブラス・クインテットの活躍が、今日の隆盛を築いたと言っても過言ではない。
彼の名前はハーヴィー・フィリップス、この五重奏団はニューヨーク・ブラス・クインテットと言った。

スーパー・テクニシャンが揃っていた。
このN.B.Q.はあらゆるジャンルの音楽を編曲し金管五重奏で演奏して見せた。
「たった五人で何が出来るか・・・」と言う当時の認識を見事に覆したのだった。
金管5重奏の魅力と可能性を飛躍的に拡大させた。

作曲家はこぞって金五の曲を作り、次々と新しいアレンジも増えて行った。
まだエンパイア・ブラスやカナディアン・ブラスのメンバーが子供の頃の話である。
「クラシックを演奏しても、ジャズをやっても、オーケストラの表現力に勝るほどの演奏だ!」と言う評判が立った。
ブラス界の立役者であることは間違いない。


インディアナ大学の終身教授を務め、毎年「ハーヴィー・フィリップス・テューバ・コンクール」の主宰も務めていた。
世界テューバ協会を設立したのも彼である。
2008年にはアメリカの「音楽の殿堂」入りを果たしたが、人間国宝級の歴史上の人物と言ってもいいだろう。


惜しくも先月20日に他界された。