Roger Bobo氏との思い出
25年くらい前になりますが、フランスに駐在していた時に彼をフランスに招へいし、フランスのトップのアーティストとまだフランスでは少ないブリティッシュブラスバンドの伴奏でツアーをやろうという企画をしました。
フランスは地続きとはいえ、総勢40名以上の大所帯であちこちを回りました。
シャルルドゴール空港に彼を迎え、移動の車の中で、「Hey, Are you Japanese?」と聞いてきました。ツアーが終わったら寿司を食べさせてほしいとのこと。
ツアー中は彼の素晴らしい演奏(もちろん、ステファンラベリ氏やミシェルゴダー氏もそうでした)と素晴らしいレッスンを堪能できました。
これだけでもチューバという楽器はなんと表現力にあふれた素晴らしい楽器だったのか、を実感できました。
ツアー中、演奏が終わるたびに私に対し、「スシ!スシ!」と連呼します。知らない人が聞いたら私の名前をスシだと勘違いしたでしょう。
いくつかの都市を回り、素晴らしい演奏とその土地の素晴らしいフレンチを堪能し、最終日はパリで。これも痺れるような演奏でした。
毎回大好きなケラウエイのモーニングソングが聞けるのが何よりの楽しみでしたが、最終日終わったらすぐに氏は「忘れていないよな?スシだ!」と念を押しました。
翌日は帰国前の完全フリーな日でした。確か週末だったと思います。
彼をホテルに迎え、タクシーでパリの寿司屋さん、確か「伊勢」という名前だったかと。
道中彼は言いました。「今日は私を接待しなくてよい。私たちは友達だろ?なのでこうしよう。スシバトルをやって負けたほうが全額支払いだ。」
それを聞いて彼の優しさを感じました。日本人とスシバトルやって勝てるわけがない。しかも私は当時30代前半。人生の中で最も食欲が大きい時期です。
バトルやって負けて結局彼がおごってくれるのか、優しい人だと感じながらもせっかくなのでゆっくり堪能しようと思いました。
店につくとカウンターに座り、彼がルールを宣言します。順番に食べたいネタを2貫ずつ注文する、それをお互い1貫ずつ食べる。食べ終わったらもう片方が次に食べたいネタをいう。
彼は「オコノミ」と日本語で言うあたり、相当な通なのでしょう。
勝負が始まりました。私は定石通り白身から。ヒラメだったかを2貫注文し1貫を彼に渡してもらいます。それを食べて、彼がオーダーする番です。いきなり「チュートロ!」から始まり「イクラ」「ウニ」などを出してきます。
いきなりそっちから行くと後で食べ切れなくなるよ、と思いながら私は悠然とオーダーを続けます。
それにしても彼の喜びよう。食べて天を見上げうなったり、くうううっと痺れながら全身で旨さを表現します。板前さんも私に「このお客さん何者ですか?そうとうな通ですね!」と耳打ち。
ホールにはおそらく中国人のアルバイトスタッフが興味深げに覗いています。日米を代表する巨漢がパリで一騎打ちです。
自分はビール。これならネタを選ばず、お腹のキャパを上げることができます。が、彼は日本酒を、それも銘柄を指定して注文します。
せっかく偉大な音楽家とゆっくり過ごせるので音楽の事、ヤマハチューバの開発秘話など聞きたかったのですが、彼の頭の中は100%スシでした。
これだけスシ好きな外国人に出会えてよかったという喜びは20貫目くらいまででした。急につらくなってきました。早いうちからトロやイクラを食べたのが効いてきました。
氏は更に「トビコ!」や私も聞いたことのないネタをどんどん注文、私は失速してきました。
氏は私を横目に見て笑いながら、「カウンターでは握ってもらったスシをすぐ食べるのが礼儀だ。」と説教します。が、時すでに遅し。(時すでにお寿司、というネタが浜松の肉寿司でありましたね。)
女性スタッフがビールを継ぎながら「ガンバって!」とか「加油!」が聞こえてきます。相手のペースで食べる食事がなんとハードなことか。額から脂汗まで。
30貫目を過ぎ、ついに私は絶対言ってはいけなかったセリフを言いました。 I’m sorry…… I am ……full.
完敗です。スシバトルで負けました。見ていた女性スタッフも「ニホンジン マケタ」と口々に。
氏は私の敗北を気にも留めず更にオーダーし機嫌よくその後数貫美味しそうに食べました。
「いやあ、さすがだ。こんなに美味しいスシはめったに食べたことがない。」
いつか雪辱戦を晴らしたかったです。せっかく日本にもその後住まわれていたのに。昨日突然お寿司が食べたくなったのは何か感じたのかもしれません。
どうぞ、安らかにお休みください。素晴らしい音楽、楽しい思い出をありがとうございました。RIP