(2014秋/ソウル旅行記)   数々の悲劇の舞台となった「昌慶宮」へ | Marcallのイケイケ韓国ブログ

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子供の受験勉強と一緒に韓国語を勉強し始め、娘息子は父母に。私もハルモニ~♡
 根底に流れる〝史実”を知って、 もっと楽しく『韓国史劇』を観ませんか?
歴史大好き ♡ Marcall の 『アジュンマ目線で歴史探究』  どうぞ皆様ご一緒に♪

        ここは。。。 Marcall 何度目でしょうにひひ汗

             おそらく (苦笑) 10回近く来ている この「昌慶宮」キラキラ

       朝鮮王朝史の 悲しい歴史の殆どがここ「昌慶宮」で起ったドンッと言っていいほど

             朝鮮史を学ぶ上での ≪聖地べーっだ!チョキラブラブ≫ です。


          今回どうしてもここに来たかったのは ビックリマーク 

          どっぷりハマってしまったこのドラマ「張玉貞、愛に生きる」ドキドキ

           このドラマの≪所縁の地めぐり 一区切り≫の為~~キラキラ

           

            『就善堂』おとめ座が 実際に有った場所を もう一度じっくりキラキラ目 
         
              そして。。。なんと、その向かい側に有ったという 

              あの宿敵ショック!粛宗母:大妃(明聖王后金氏)の「儲承殿」や


           その後 。。。 この一帯で起ったドンッ あの忌まわしい事件 

            しょぼん汗『思悼世子米びつ死』の舞台となってしまったという 

            そんな悲しい≪場所≫を 目あせるもう一度、ジックリ見なければ
  

            なんだか 一種の使命感にひひひらめき電球のような思いに駆られました~~笑


                      。。。。。。。。。。。。。。。。

          
              これからどっぷりハマりそうな≪思悼モノチョキ二つ≫


              (ただ今、切ない気持ちでしょぼん熱視聴中ですこのドラマ)

          テレビ  韓国SBSドラマ「秘密の扉~儀軌殺人事件」

                2014.9.22スタート 月火22:00~(現在放送中)

                          (全24話予定)

              英祖王(ハン・ソッキュ)  思悼世子(イ・ジェフン)

              


                そして 。。。 公開が本当に楽しみ~音譜

             映画カチンコ 来年公開予定 映画「思悼~8日間の記憶」

               英祖王(ソン・ガンホ)  思悼世子(ユ・アイン)

                


         英祖王を養子として異腹兄(張嬉嬪の子=20代景宗)の


        〝世弟″にし王位を継承させた仁元王后長音記号2役を、映画「カンチョリ」


         でユ・アインの母役として共演したキム・ヘスクが、


         この「思悼・・・」では、義理ではあるが(笑)≪祖母役≫で登場クラッカー

        (長音記号2仁元王后=粛宗の最後の王后。幼くして粛宗に嫁ぎ子は無し)

         そして・・・更にひらめき電球ムン・グニョンが思悼世子の妃≪後の恵慶宮洪氏≫

         を演じるとして話題沸騰中合格 10月すでにクランクアップ、公開が

                待たれる状態です。

                     。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 

             
         この二つの≪思悼世子≫にも思いをはせながらあし 廻ってきました。

         (どうぞ皆様、 〝Marcall想い出の旅″にお付き合いくださいませラブラブ

                     。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
                 



                 2014秋ソウル旅行記 ≪昌慶宮≫もみじ

            今回は、鐘路に泊まっていましたので。。。散歩を兼ねて

                宗廟「永寧殿」の辺り

                    宗廟の横にある細い道を通ってあし

                綺麗な壁 ・・・ 修復中

                    正面に何か目はてなマーク  こんなダウン地図でした 

              

            ちょっと見づらいですが 「宗廟・昌徳宮・昌慶宮」の配置図

              左下方宗廟(↓正殿、↑永寧殿)

                 上方部分一帯昌徳宮 昌徳宮の右下部分:昌慶宮

             (本来は一つでありましたが、今は境有り入口もそれぞれ)

            昌徳宮は≪月明かり紀行満月≫参加予定でしたので、その日は

            入らずあし 右に廻り道に沿って「昌慶宮」に向かいます。

            (たくさん歩きますが、こんな小さい小道を歩くと色々面白発見目音譜

             楽しいです。ソウルだけではありませんでしたが、小道の所々に

           〝運動器具”が設置されていて、使って楽しんでいる人が多かったです。

             写真撮るのはちょっとにひひ汗遠慮しましたが、健康意識を感じます。

             日本ではこういうのあるのかな?あったら果たしてみんな使うかな?

             韓国の方は大人も子供もたくさん楽しそうに利用していました~音譜


                  それでは~~ビックリマーク ≪昌慶宮≫に入りますあし

                   
                 
            (入口の写真 取り忘れました~汗 前回〝夜間公開時のカメラ″)

               
 
             「弘化門」を入り「玉川橋」を渡り あし 正面「明政門」をくぐると

                

                      「明政殿」・・・正殿です。 

               (建物の詳しい説明は省略にひひチョキラブラブ
                        前回〝夜間公開記″をご参照ください)

                    遠足?? 子供がたくさんショック!DASH! ~笑

            昌慶宮の建物はほとんど≪東向き≫に建てられています。

            王宮における建物は門・主な建物共に≪南向き≫を原則と

            して建てられていますが、ここでは風水的に良くないとの理由

            が有力だそうですが、ここは女性たちの居住空間として使われ、

            王が国事を行う場では無かったのでと言う説も有ると言われます。

                    。。。  しかし、この中で

                  ≪唯一南向き≫の建物が ダウン この中に


                

                

              東向きの文政門を入った、この「文政殿」(南向き)です。

                

              正殿である明政殿に背を向けて建てられている「文政殿」

              このような珍しい配置康応は他の宮殿では見られません。

              「便殿」ではあるものの、王室の神主を奉った「魂殿」としても

               使われました。

             これは 。。。あの事件と深いつながりがあると言います叫びヒミツ

                

             「父英祖の手で死ぬ事となった思悼世子の悲劇も、文政殿が

                    ≪魂殿≫として使われることと関連しています」

           本 1762年5月13日 文政殿の前庭で悲劇的な事件が起こった。

             当時集権勢力であった老論は幼い時から老論を嫌っていた王世子

             が代理聴政を始めると危機感を感じて英祖にあらゆる「謀略」を告

             げた。老論勢力だった妻(後の恵慶宮=イサンの母)の実家と

             王世子の実妹和緩翁主などがここに力を合わせ、生母映嬪李氏

             がこの日、英祖に根拠のない内容を告げて結局英祖は王世子に

             「自決」を命ずるに至る。文政殿の前庭に置かれた「大きな米櫃」

             に閉じ込められて真夏の暑さと飢えで8日間呻いていた世子は

             28歳の短い不憫な生涯を閉じた。 英祖は王世子の死を悼み

             哀悼するの意味を込めて≪思悼(サド)≫という諡号を贈った。

                                ~昌慶宮の冊子より~

                もっともっと深くしょぼん書きたくなりますが。。。  あせるDASH!

                 

                  「文政殿」から見た ≪前庭目汗です。

                 ここに置かれた≪米びつ≫を父英祖はどんな思いで

                 見つめていた居たのでしょう~~~~~むっむかっDASH!


              どんな理由が有ろうとも、 大事な一人息子を死なせるなんて

              生母映嬪、実妹和緩翁主も含め 全く理解できませんむっメラメラ


                   8日間暑さと飢えに呻きながら亡くなった世子

                米びつの中には≪無数の爪痕と血だらけの指をした世子

                の亡骸が有りました≫ 
しょぼんあせるあせる

           secret 8日間の苦悩の末 『思悼世子が息を引き取った場所』はここではなく


                 

                先ほど入ってきたこの「文政門」を出て明政殿を左に

                      そのまままっすぐあし 

                 

                     松の木の向こうに 赤い 目あせる

                 

                 

                 この 木ガーン汗の前に (じっくり読んでいるアジュンマ)

                 

                      何と何と~~叫びあせる 

                  この ≪槐(エンジュ)の木≫ にこんな事がメモ

                 ケヤキと同目のこの木は国宝249号に指定されている木。

                『米櫃に閉じ込められた思悼世子が息を引き取った所が

                 この近く
であり、悲劇的な事件がたくさん起こった宣仁門と

                 歴史を共にした木です』  
 ガーンDASH!DASH!

                  前からの写真、興奮してにひひ汗取り忘れましたが(苦笑)

                 ≪世子の苦しく悶えた姿≫が乗り移ったかのように見える

                  この木の姿に とても悲しい気持ちになりました。

                  (この木とこの門の辺りで息を引き取ったんですね~涙)


                 

                           『宣仁門』

               「瑞憐門(ソリンムン)」と呼ばれたこの門は世子の居処の

                正門であり、多くの臣下たちの出入りの門でもありました。

                思悼世子の亡骸を運び出したのはこの門からしょぼんDASH!

                 そして叫びヒミツ あの≪張嬉嬪≫の亡骸もここからドンッ

                               。。。 だそうですよ叫びDASH!

                二度焼失したこの門は1877年に再建されたものです

                   
                 

               この門の内側の空き地には王室と直接関連のある官庁

               があった場所です。 その中には 。。。馬キラキラ

                  あのドラマ「馬医」でお馴染みのチョキクラッカー 

              ≪内司僕寺(ネサボクシ)≫ ・・・王室の車と馬を管理した所

               もこのあたりにありました ヒミツクラッカークラッカー

                       。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


             もう一度 後ろに戻って あし  「文政殿」の左側、広い空地一帯

                 

               (この左一帯に) 世子の居処である「東宮殿」ありました。


                東宮殿後を抜けて あし 「文政殿」「明政殿」の後方に

           

               「崇文堂」                   「涵仁亭」


                   この二つの建物の向こう側 一帯の空き地に

                   
                 

             昌徳宮の「楽善斎(ナクソンジェ)」の方までの辺りに

               あの チャンヒビン(嬉嬪張氏)の居処 ≪就善堂≫おとめ座

               粛宗母(大妃=明聖王后金氏)の居処 ≪儲承殿≫キラキラ
があった


                             。。。 と言うことです。


                    。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


            今回の ≪Marcall想い出の旅「昌慶宮」≫は 。。。

              大好きなにひひラブラブ イサン・ソンヨン については一切触れず(笑)


            「張玉貞、愛に生きる」(チャンヒビン)おとめ座 と

                       悲しい悲しい 「思悼世子」しょぼん を想いながら


                         ≪ 想い出旅あしDASH! ≫  で・し・た ~ラブラブ!チョキ