「明日の記憶」('06) | Marc のぷーたろー日記

「明日の記憶」('06)

明日の記憶
¥2,340
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渡辺謙さん主演の若年性アルツハイマーを扱った人間ドラマです。共演は樋口可南子さん、及川光博さん他。

悪くない映画だとは思います。

堤幸彦監督の、ドラマ版「世界の中心で、愛をさけぶ」('04) で見せた繊細で叙情的な演出と、「トリック」などで見せた凝った演出の両面が効果的に上手く組み合わされていますし、とにかく「若年性アルツハイマー」という、他人事ではない身近で深刻な題材を真正面から扱った点が高い評価を得ているのでしょう。特に、主人公のアルツハイマーの症状が徐々に進行していくさまを観ている側に同時に体験させ、恐怖感を実感させるような描き方は秀逸でした。

ただ、僕にとっては非常に物足りなく、とても残念な作品でした。

脇役まで充実した配役で、演技の面で特に違和感を感じたり、不満に感じたりするところはありませんでした。強いて言えば、主演の渡辺謙さんのルックスが「ご立派」過ぎるために、若干、深刻さや過酷さに欠けて見えてしまうところがあったくらいでしょうか…。もちろん致命的ではありませんでしたが。

僕がこの映画を物足りないと感じた理由は、樋口可南子さん扮する妻の描き方。

妻は、仕事一筋で家庭を全く顧みない夫に対して、相当の不満を抱いていたはず。それでも難病の夫に献身的に尽くす姿は確かに「美しい夫婦愛」なのですが、あまりに男にとって都合が良過ぎます。

頻繁に挿入される、妻との結婚前の回想シーンはあくまで夫からの目線であり、夫が妻への愛を再確認するという意味では効果的でしたが、妻が本当のところ、現在の夫に対してどう思っていたのかについての描写が少なすぎるのです。確かに終盤でこれまでの夫への不満を爆発させるシーンがありましたが、それも夫の「意図しない暴行」でうやむやになってしまっていますし。

現実には、夫のアルツハイマーをきっかけに熟年離婚する夫婦は少なくないと聞きます。それにもかかわらず、この妻がここまで献身的に夫に尽くすことに対して、観ている側が充分に納得できるようなエピソードや心理描写が全くないので、どうしても「キレイごと」に見えてしまうのです。こんな、男にとって都合がいいだけの妻がいるだろうか? って。

僕の感じた疑問は製作者側も分かっているらしく、妻の親友 (渡辺えり子さん) が同じ疑問をぶつけるわけですが、それに対する妻の答えは「あなたには分からない」。これはヒドイ。こう言えば、傍からは分からない深い想いがあるんだろうと思ってもらえるとでも考えたのでしょうが、これは作り手側の描写能力のなさを適当にごまかしているだけです。少なくとも、その「深い想い」の内容を匂わせる演出なり、描写なりが必要なはず。

またアルツハイマーの中年男性が 1人で放置されている割には、家はしっかり片付いているし、夫が家で何をしでかすか分からないのに、妻があれだけ仕事に没頭したり、更には外で悠長に焼肉を食べたり、そんなことができるものなのでしょうか?

そういった細かいところで、リアリティが全くないところが、僕をシラケさせてしまったのです。

「若年性アルツハイマー」を真正面から扱ったという点では評価できますが、この主人公と同じような、家庭を顧みずに仕事一筋に生きて来たモーレツサラリーマンのオジサンたちの自己弁護を代弁したような都合の良いファンタジーに見えてしまい、逆に不快感を感じてしまいました。非常に意地悪な見方をすれば、要は世の身勝手な夫たちが「オレがボケてもちゃんと介護してくれよ」と訴えているようなもんです。自分の過去の「悪行」を差し置いて。

この映画に僕がどうしても馴染めなかったのは、やはりこの主人公のようなオジサンが死ぬほど大嫌いだからなんでしょう。

この映画は、「アルツハイマー」の恐怖についての描写は優れていますが、実際のアルツハイマー患者とその家族の苦悩や悲しみについては、同じ題材を扱った韓国映画「私の頭の中の消しゴム」('04) の方が遥かに真に迫っていました。