「春の雪」('05) | Marc のぷーたろー日記

「春の雪」('05)

春の雪
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三島由紀夫の名作を妻夫木聡さんと竹内結子さんの主演で映画化した作品です。共演は高岡蒼佑さん、大楠道代さん、榎木孝明さん、若尾文子さん、及川光博さん、岸田今日子さん他。

三島作品はとても好きなのですが、読むのには「知力」をフル活動させないといけないので、実はあまり手が伸びていません(苦笑)。そんな中で、「春の雪」は数少ない、僕が最後までしっかり読んだ三島作品の 1つです。

この作品が映画化されると聞いたとき、まず感じたのは「映像化することに本当に意味があるんだろうか?」ということ。

「春の雪」は確かに非常に美しい作品で、三島由紀夫の美学が非常に色濃く出ている傑作だと思うのですが、非常に冷めた目で見れば、「たわいのない悲恋もの」にすぎません。それを三島由紀夫独特の文体で表現したからこそ「名作」たりえたのであって、それを映像化しても陳腐なラブストーリーになるだけなのではないかと思ったのです。

また、主人公・清顕を妻夫木聡くん、ヒロイン聡子を竹内結子さんが演じると聞いたときには、現代的な雰囲気のある 2人に大正時代の華族の雰囲気が出せるんだろうかと疑問に感じましたし、そもそも 2人は、この作品の持つ退廃的なイメージに対してあまりに健康的で明るすぎて、ピンと来なかったのです。

そんなわけで映画館にも観に行かず、今回も特に期待しないで観てみました。

ところが実際に観てみると、「意外に良かった」というのが正直な感想です。

映像化したことで「たわいのない悲恋もの」になってしまったことは予想通りでしたが、ストーリーがコンパクトに分かりやすくまとめられているのも良いですし、充実した脇役、豪華な衣装とセット、日本的な落ち着いた美しさの中に退廃的な空気を感じさせる映像のタッチ、岩代太郎さんの重厚な音楽、いずれも素晴らしいものでした。もともと僕は明治から昭和初期にかけての華族の華やかな文化が好きなんですが、その僕の趣味に合った世界観が美しく形成されていたことが、とにかくグッド!

また不安のあった妻夫木くんの清顕 (きよあき) 役については、妻夫木くんは本当に器用な役者さんだなぁと感心しました。清顕の雰囲気がちゃんと出ていましたし、妻夫木くんが本来持っている「若々しさ」「初々しさ」が加わることで、清顕のキャラクターを分かりやすいものにしていたように思います。また演出上も、清顕の屈折を幼さゆえの幼稚さ、狂気を若さゆえの情熱的な暴走として表現することで、多くの人に共感しやすいものにしたことも、(浅薄な感じはありますが) 悪くないと思います。もし原作に本当に忠実な形で清顕を描いたら、「芸術作品」ならともかく、この映画のように大衆向けに作られた娯楽作品としては成立しなかったでしょう。

僕が原作を読んだときの清顕のイメージは、もっと冷酷で妖しく、ナルシスティックな狂気がにじみ出すような、そして血管が青白く透けて見えるような色白の「日本的美青年」なので、今の若手俳優で言えば、木村了くん (の 5年後くらい?) が一番近いんですが、演技力や興行面など、様々な点を鑑みれば、現状では妻夫木くんで良かったんだと思います。妻夫木くん以外なら藤原竜也くんか成宮寛貴くんってとこでしょうか…。

一方の竹内結子さん。悪くはなかったのですが、妊娠中だったためかお肌の調子が悪く、あまり美しく映っていなかったのが残念。匂い立つような色気は出ていましたけど、聡子の持つ「しっとり感」が足りないような気がして、ちょっと違和感がありました。でも他にしっくり来る女優さんが思いつかないんですよね…。実年齢を無視すればイメージとしては小雪さんか中谷美紀さん (20代半ばころ) かな…。

この映画における最大の欠点は、エンディングの宇多田ヒカルさんによる主題歌「Be My Last」。歌自体は良いんですが、この映画に全く合っていません。せっかくの美しい日本的世界観があの歌で台無し。あくまで宣伝用のイメージソングにとどめておくべきだったと思います。


実は、三島作品にも通じる退廃的な美を描いていたイタリアの巨匠ルキノ・ヴィスコンティ監督の作品が大好きで、若いころ、三島作品を映像化するなら監督はヴィスコンティ以外にないだろうと真面目に思ったことがありました。もちろん、ヴィスコンティはとうの昔に亡くなっており、そもそも無理な話だったのですが、この映画はヴィスコンティを意識しているのかなと思えるところがありました。

ヴィスコンティの名作の 1つ「ベニスに死す」('71) は僕の大好きな作品なのですが、この映画で強烈な印象を残した「マーラーの交響曲第5番」が、「春の雪」でも効果的に使われており、そのシーンはかなり気に入っています。狂おしいまでに溢れ出る想いを表現するのに、この曲以上のものはありませんからね。でも「マーラーの 5番」がすっかりメジャーになってしまった今となってはちょっと「ミーハー」な選曲かも (^^;;;

ベニスに死す
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「春の雪」はご存知の通り、三島由紀夫の最後の作品「豊饒の海」の第一部。作品の背景にある「転生」を描くためには、第二部以降も映像化すべきだと思うのですが、この映画では匂わすだけで、物語が完全に完結してしまっているので、第二部以降の映像化はないのかもしれませんね…。それはちょっと残念。
とエラソーなことを言っていますが、実は第二部は途中で読むのを中断したまま、20年近く経ってます (^^;;;


この映画は、全体に淡々としているので、万人受けする映画ではありませんが、三島作品の世界観が嫌いじゃない人なら、それなりに楽しめるんじゃないかと思います (^^)v