「手紙」('06) | Marc のぷーたろー日記

「手紙」('06)

日活
手紙 スタンダード版

東野圭吾さんの原作を、TBS のベテラン演出家・生野慈朗さんが 16年ぶりに (映画の) メガホンをとり、山田孝之さん主演で映画化した作品です。共演は、玉山鉄二さん、沢尻エリカさん、吹石一恵さん他。

東野圭吾さんの原作で山田孝之くんが主演というのは「白夜行」('06) に続いて 2作目。しかも、地味で重い内容にもかかわらず、興行収入15億円とヒットしたこともあり、期待して観てみました。

まず一言。




映画ではなく、連続ドラマで観たかった…。



非常に重く深刻なテーマで、娯楽性が高いとは決して言えない内容であるにもかかわらず、これを映画化し、しかもヒットしたというのは素晴らしいことなのですが、やはり 2時間程度では描き切れていないんです。どうしてもご都合主義としか思えない展開になってしまっていますし、登場人物の心の動きにも「?」となるところがありましたし。

特に一番気になったのは、「強盗殺人犯の弟」として周囲から激しい差別を受け、人目を避けて生きて来たはずの主人公が、なぜ人前に立つ仕事である「漫才師」を目指したのかというストーリー上の根幹をなす部分に説得力がなかったのは残念。ここはもう少し丁寧に描くべきだったと思うのです。

原作では「ミュージシャン」という設定だったものを「漫才師」に変えたのは、映画という媒体を考えたときに、緊張感の張りつめたストーリーの中で少しでも息の抜けるシーンが欲しかったとか、「笑い」の中にある「悲しみ」を表現することで、感動を盛り上げようとしたとか、そのような作り手側の「狙い」は理解できるのですが、成功していたかというと微妙です。

山田くんの漫才師 (ボケ役) ぶりはさほど悪くないと思うんですが、いかんせん「ネタ」が…。

「お笑い」というのは人によってツボが全く異なるので、扱いが難しいと思うんです。たぶん、この映画の中で主人公が披露した「お笑いネタ」を面白いと思える人であれば、作り手側の意図通り、クライマックスシーンでの「万感の思いでお笑い芸を見せる」主人公の姿に感動するんでしょうが、僕には単なる「寒いネタ」にしか思えなかったため、一気に引いてしまったんです…。やはり原作通り「ミュージシャン」の設定にしておいた方が無難だったんじゃないでしょうか…。山田くんは歌もうまいので、ミュージシャン役でも問題なかったはずですし…。

それでも、激しく胸を打つシーンや印象的なセリフに涙することも多数。やはり、この主人公のような暗い陰を背負って生きている役は、山田くんが演じると圧倒的な説得力があります。

ただ、山田くんの演技に対しては賛否両論あるようです。確かに「力が入り過ぎた」演技に違和感を感じたシーンがなかったわけではありません。

聞くところによると、山田くんの「そのままの演技力を出す」目的で、撮影中、監督からの指示は一切なかったとのこと。果たしてそれが本当に良かったかどうかは判断の分かれるところだと思います。

彼の役への没入度は凄まじく、この映画でも「魂が入ってる」と感じられるシーンがしばしば。

しかし、彼の演技スタイルは、「ガラスの仮面」(初期) の北島マヤっぽいというか、周りの役者の芝居や作品全体の空気感よりも自分の演技を優先して押し通してしまう傾向があるんです。極端な表現を使えば「ナルシスティック」。ですので、彼の演技スタイルが作品全体の空気とぴったり合えば、本当に素晴らしいものになるんですが、この映画では微妙にずれていると感じられるシーンがいくつかあったのです。特に彼と演技スタイルの違う役者さんと一緒のシーンで、それを感じました。

本来はそういったズレを修正するのが監督の役目のはず。その役目を放棄してしまったのは、監督としていかがなものなのかなぁと僕は思うのです。きちんと軌道修正していれば、そういった微妙な違和感はなくなったのではないかと思われ、それがとても残念。

また、この映画で一番残念だったのは、クライマックスシーンでかかる、小田和正さんによる挿入歌「言葉にできない」。

小田和正さんは好きですし、この歌も嫌いではないのですが、この映画には全く合っていません。この曲がかかり始めた瞬間に、ざざぁ~っと波が引くように一気に醒めてしまいました…。

このシーンは歌詞のない曲の方が合ってると思うんです。でも映画の宣伝にも使われた「言葉にできない」を流さざるを得なかったんでしょうか…。映画宣伝用のイメージソングとしては悪くないんですが、映画自体の世界観とはかけ離れていると思います。

いろいろと不満な点を挙げましたが、それでもこの映画は、深刻なテーマを含めて、一見の価値があることは確かです。

関西人にはおおむね不評の沢尻エリカさんの関西弁も、関東人である僕には違和感がありませんでしたし、主人公の兄を演じた玉山鉄二さんがまさかこんなに巧いとは! という新たな発見もありましたし、可能であれば同じキャストで (+ NHK で全5話くらいで) 連続ドラマ化してほしい作品です。

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