「グエムル 漢江の怪物」('06) | Marc のぷーたろー日記

「グエムル 漢江の怪物」('06)

ハピネット・ピクチャーズ
グエムル-漢江の怪物- スタンダード・エディション

ポン・ジュノ監督、ソン・ガンホさん主演のモンスターパニック映画で、昨年韓国で大ヒットし、様々な記録を更新しました。そのため、異例の早さで日本でも上映されましたが、残念ながら日本ではヒットせず、また日本での評価は賛否両論大きく分かれたようです。

元々あまりこの手の映画は観ないのですが、これだけ話題になった映画ですので、「一度は観ておかないと」という気持ちだけで観てみました。その感想は、一言で言えば、




不思議な映画…


もう少しパニック映画として、ハラハラドキドキする展開なのかと思いきや、どこか全体に「ゆるぅ~い」空気が流れていて緊迫感がほとんどないんです。それにもかかわらず、退屈というわけではない…。

この映画は、ハリウッドや日本が得意とする「モンスターパニック」映画のような、ハラハラドキドキを期待して観ると、かなりがっかりするんじゃないかと思います。科学考証もいいかげんですし、そのような「背景」が、説明的なセリフで語られるだけで、物語の上でもあまり大きく扱われてもいません。しかも、肝心の怪物自体があまり怖そうに見えないという「モンスターパニック」映画としては致命的な欠点があるのです。

しかし、そもそもこの映画は、そんな「娯楽映画」ではないんだと思います。実際、僕は「娯楽」として楽しむことは全くできませんでした…。

僕が感じたのは、ポン・ジュノ監督の「体験」や「思想」がかなり色濃く投影されているんじゃないかなぁということ。ポン・ジュノ監督は 1969年生まれですから、いわゆる韓国の「386世代」 としては若干若いのですが、学生運動というものが身近なものであったことは確か。主人公の弟 (パク・ヘイルさん) の人物設定に、そのあたりが明確に出ています。また軍事独裁政権から民主化運動を経て現在に至るという韓国の激動期に思春期、青年期を過ごしたポン・ジュノ監督が抱いている「国家権力」というものに対する不信感が、かなり極端な形ではありますが、物語の前面に表れているのです。

この手のモンスター映画では、警察や軍隊が怪物を倒すために奮闘する中で主人公が「とどめを刺す」というのが定石ですが、この映画に出てくる警察や軍隊は、市民を全く守ってはくれない。それどころか「無辜の民」をだまし、しかも「逮捕」「拘留」し、「人体実験」のごとき暴挙を平気で行なう…。日本人の感覚ではこのあたりの表現があまりに極端なために、違和感を感じる人が多かったのではないかと思いますが、国家権力に対する不信感が未だに根強く残っている韓国の観客には、この点が「リアル」に映り、むしろここに「恐怖」を感じたのではないでしょうか。

この映画は、



家族を守るのは家族だけ。


そんな非常に「韓国らしい」価値観や思想がこの映画の根底にあるのではないかと思います。ラストシーンにおける主人公の「変化」が、この手の映画にありがちな単純な「成長」とは違っている点を合わせて考えてみると、この映画は既存のモンスターパニック映画へのアンチテーゼなのかも、と思えてきます。

軍隊や警察などの国家権力を礼賛し、非常時には自分や家族は国家が守ってくれるという「錯覚」を観ている側に与えてしまうパニック映画を、ポン・ジュノ監督は否定したくて、この映画を作ったのではないか、そんな風に僕は思えてならないのです。

この映画は、「パニック映画」が好きな方にはお薦めしません。むしろ「パニック映画」が嫌いな方の方が、この映画を「楽しめる」のではないかと思います。