N病院に救急搬送されたまいーこ。
先ずは入ってすすぐの部屋で処置を受ける。
服を着替え、尿管に管を通す。
胸部に何ヵ所もモニターのパッドを貼る。
あれよあれよと言うまにどんどん進められていく。私はそばの看護師に聞いた。
「CTUにはどのくらい居るんですか?」
「…。あ、ICUですか。まだいろいろ検査してみないとなんとも言えません。」
恥ずかしい。
今思えばあのときもう、脳が炎症してると思われたかもしれない。
尿管を通されてもまだ明日の授業が気になり、早く出たい、早く出たいとそればかり考えていた。
その後EICUという、より緊急性の高い集中治療室に運ばれる。
難しい書類にサインをする。
血漿交換による治療の承諾書。
血液データを見てもウィルスは見つからず、食べ物による中毒とも違うが、何かの原因によりものすごいスピードで肝細胞が壊されていて、肝機能が働きにくくなっている。
このままでは肝不全により、多臓器に影響が及び命が危ないという。
手段としては血液中にある、肝臓で分解されなかった毒素を浄化するために2つの処置をする。人工透析と血漿交換だ。血液を浄化して各機能に影響を及ばすのを防ぎ、肝臓が自己修復するのを待つ。
お腹の赤ちゃんのことが一番の心配。
先生に聞いても、最善を尽くすとしか返答がなく、不安なまま夜を明かす。
それにしてもこの病院に来てから何度も何度も名前と住所、生年月日などを聞かれる。3度目くらいから情報が伝わってないのか、といらいらしてくる。
寝ながら両手を天井に向かって開き、かざすしぐさもさせられる。「羽ばたき震戦」という、肝炎の段階のテストだという。
わかりきった質問と、簡単なしぐさの要求も入院二日目のある時を境に難しくなる。
自分の名前は分かるが、住所や年齢がわからなくなってきたのだ。
同じことばかりさせられることにも無性に腹が立ち、相手に文句を言う。
「あー、もう、分からない!」しまいには怒り出す。
それがまいーこの記憶の中では最後の質問。
どうやら肝性脳症が始まり、ステージが進んでいったようだ。
