大学生の時に、障害者介護のボランティアをしていました。大学構内のチラシに募集があり、時間があったので何か新しいことを始めようと思ったことがきっかけです。内容は、スーパーへ行っての買い物の手伝いや、障害者の方の家に行って、食事の介助や入浴の介助が主でした。もちろんボランティアなので無償です。

正直、ボランティアを始める前に、健常者と同じようにできないなんて可哀想、障害があるなんて可哀想と思っていた部分がありました。ある日その方の家に行ったときに、(今後医療が発展する可能性もあるので、)もし今の障害が治るとしたら治したいですかと聞いたことがあります。その方は少し迷った後に、今の自分の状態が普通なので、治そうとはあまり思わないとの返答でした。先天性、後天性によっても違うかもしれませんが、その人にとっては今の状態が通常なのであって、健常者を基準に判断していた自分を恥ずかしく思いました。それからは、可哀想と思うことはなく、他の人と比べて、少し助けが必要なだけと思うようになりました。

私たちは、普段人とコミュニケーションをするとき、自分が当たり前・前提と思っていることは当然相手も同じと思って接します。しかし、その前提からして違ったり、当然ではないことが多々あります。前提からして違うこともあるかもしれない、と頭の隅に置くだけで、相手との関係がより良いものになるかもしれません。