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この仏教の教えシリーズの最後は、四無量心(しむりょうしん)となります。
この四無量心について瞑想した時、自分の存在が粒子のように感じられました。
実際、分子や原子、素粒子…でできているのでそうなのですが。

すべて粒子の集まりである、という視点に立つと、自分が吐いた空気も、分子として誰か、または動物や植物が取り入れて吐き出すことの繰り返し。
自分が排出物として出したものも、分解されて水や作物の肥料としてまた他の存在に取り入れられるかもしれない。

「自分」と思っていた存在が、粒子レベルではどこまでが自分で相手なのか、あいまい、または実体がない、ワンネス意識。


四無量心とは、4つのはかりしれない心です。
はかりしれないとは、期間や対象に限定を設けない、無限に功徳を積み、智慧を磨き続けることです。

①慈愛…他者の幸福を願い、そのために自分の幸福を差し出す心

②慈悲…他者が苦悩から解放されることを願い、そのために自己が苦悩を引き受けようとする心

③喜…他の魂の幸福や進化を喜ぶ心

④捨…自分の苦楽に対しては一切とらわれず、すべてを平等に見る心

仏教の三大煩悩に対応していると言われており、三大煩悩の真逆が、悟りへのカギである、というのも面白いですね。
貪(執着)↔慈愛、瞋(怒り)↔慈悲、痴(無知)↔喜、根本無明(根本自我)↔捨

四無量心をまとめるとこのように言えます。

すべての魂が苦悩から解放されるまですべての魂に対して平等に幸福を願い、不幸を哀れみ、進化を喜び自分のことは無頓着。

そして、人々に恩恵を与えられるように功徳と智慧を無限に磨き続ける。



いかがでしたか。今回、youtubeや本を参考に仏教の内容の一部をまとめさせて頂いて、こんなに深いことを言っていたんだと驚きました。

そして、自分の体得や実践を繰り返すことで、より深く意味が理解できるものだと思います。


参考になれば幸いです^^