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今回は四念処(しねんじょ)についてです。
お釈迦様が説いた修行法の一つになります。
身(肉体)、受(五感)、心、法(現象)について瞑想、思索し、執着を手放すために行います。

執着を手放すというゴールが決まっているので、それに向けて自分を観察し、納得させていくプロセスになります。


①身、肉体

肉体を観察すると、臓器や骨、筋肉、脂肪、血液、リンパ、皮膚などで構成されています。
ドロドロした液体や、排泄物などが溜まっており、肉体は不浄であるという見方ができます。

また、各部位をさらに細かく観察すると、すべては細胞からできており、細胞を観察すると、分子、原子、素粒子などになります。
そもそも粒子同士の結合なので、繋がってすらいないものの集まりですね。

そのように考えると、肉体は自分の本質ではないことに気づきます。
肉体への固執、執着から離れ、より本質である魂に意識を向けます。
(本来は、仏教ではより深いところを自分の本質と言っていると思いますが、ここでは魂ということにさせてもらいます)


②受、感覚、五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)

五感を観察すると、肉体と同じように目や、耳、鼻、舌、皮膚の機能。また、神経系の領域になります。
外からの刺激も、観察を深めると情報やデータ、波長に過ぎず、それを電気信号として脳が認識しているに過ぎない、ということになります。

霊的な感覚を含めた五感への固執、執着から離れ、より本質である魂に意識を向けます。


個人的には、聴覚や触覚が敏感であり、周りからの音やエネルギーによって、自分が乱される、汚される、影響を受ける、という不快感がありました。


その不快感から嫌悪や怒り、憎しみに発展するパターンがあることに気づきました。

また、自分がこの感覚に固執していることに気づき、五感への執着をはずす練習を繰り返すと、以前より周りからの情報が気にならなくなりました。



③心

自分の心を観察します。執着、怒り、観念など、いろいろあるでしょう。
心も、情報やデータ、過去の経験のパターンの集まりであることに気づき、心への固執、執着から離れ、より本質である魂に意識を向けます。


④法、現象、世界そのもの

自分に起きている現象、現実も、今までの項目と同じように情報やデータであること。粒子の集まりであり実体がないこと。また、自分のカルマや縁が反映されたものに過ぎないことに気づきます。

現象への固執、執着から離れ、より本質である魂に意識を向けます。


さて、この①〜④を映画館に例えることができます。
前に大きなスクリーンがあり、観客席に魂というエネルギー体が座っているイメージです。

スクリーンに映っている主人公に感情移入し、泣いたり怒ったり。
または、痛みや感覚が自分のものであるように感じたり。
スクリーンに映っている主人公=自分であると思い込んでいるという例えですね。

一度、この肉体、五感、心、現象への固執を外しましょう、という実践的な内容だと思います。

こちらの四念処は、「魂につながる瞑想練習会」で実践予定です。


今回は以上です^^