おかしな話しになると思います。


自分で料理を作り、 スマホを向け、 写真を何枚か撮ってゆくと、偶然に期待する気持ちが湧いてくる。


 間違いなく、自分の中に住むある芸術家を追いかけているのだろうと思う。


 その芸術家は、アール・デコ を代表する作家。 


 もしかすると、“アール・デコを代表する…”と聞いて、ははーん、あれだな!と思い浮かべる方もいるかも知れません。 









 フランスで起こったアール・ヌーヴォーが上流階級向けだとすると、のちのアール・デコは庶民を巻き込み、流行したわけですが…この辺りに関心のある方は、よくご存知のことでしょう。 


 タマラ、エルテと言ったアール・デコを代表する芸術家の作品はどれも素晴らしく、見て回った覚えがあります。


そうしたアール・デコにあって、またひと味もふた味も違う芸術家がいます。 


 その作家の名前は、カッサンドル。 







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その描き方、色合いはもちろん、 独自性のある絵を描き、さらにそこに文字(タイポグラフィ)を入れている。 


結果どの作品にも、カッサンドルらしさ、世界観というものが表れているように思います。



 もちろん、そうしたポスター作家と、拙い自分の家庭料理との間に共通点を見出すのは、無茶がある。


 自分でもそう思う。 


 しかしながら、角度を変えて撮影していくうち、何かの偶然にでも、カッサンドル的なものをが現れたらいいなと密かな思いがある。  





 唯一無二の作風として一時代を築いたカッサンドル。


 しかし、実際のところ、本人はポスター作家にはなりたくなかったのだと、学生時代にどこかで読んだ。


 嘘だろ!!すぐに、そう思った。


 ポスターを創作することは、あくまでも糧を得るため、いわゆる“つなぎ”のつもりだったらしいのだ。


 当のカッサンドルの願いは、画家として大成することだった。 


 そうだとしたら、一生をジレンマの中に生きたということに他ならない。 


 なんという皮肉めいた運命だろう! 


 (高名なレイモン・サヴィニャックもムネサトミも、カッサンドルのお弟子さんだ。)






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 自分で料理を作り、 スマホを向けて、 写真を何枚か取っていくと、偶然に期待する気持ちが湧いてくる。




カボチャのグラタン、そっちのけになってしまいました ( ´•ᴗ•ก)