僕の母は、さつま揚げが好物。

だから沢山のさつま揚げと、沢山の小松菜を炒め煮にした。

あとは、きんぴらごぼう。

簡単な惣菜を作り、タッパーにつめる。

さあ、実家へ向かおう!

そうなれば、良いのだけれど、現実はそうもいかない。

惣菜や、着替えを車に積み、夜勤に向かう。
朝、夜勤が明けた足で、実家に向かう。

実家までは、5時間ほどの道のりだ。


実家の父が乗っている車が故障していると、母との電話で知った。

10日に電話したのだか、出なかったので、後日話した際に聞いたのだった。

え!?いつ??
いつから、動かなくなってたの?


10の時点では、すでに車は動かさなく、両親は生活の足を無くしていた。

スーパーまでの1.3キロを歩き、買い物して、荷物を引き、また戻ってくる。

その距離は、札幌駅の南口広場から歩き出して、大通りを過ぎて、ススキノのランマドーク“ココノすすきの”までと同じ。

札幌駅からすすきのまで買い物に行き、また札幌駅に戻ってくる計算になる。


隣町にいる兄にも、知らせず。
僕にも知らせず。

両親は、交代で買い物に出かけていた。



実家へ行けるとしたら、(夜勤が明ける)火曜の朝に向かい、

水曜の夜勤の前に、戻る。この日しかなかった。


仕事とはいえ、他人様の世話ばかり焼いて、
そうした事情を知らずにいたこと、知らずにやり過ごしてしまったことを申し訳無く思った。

「知らなくて、ごめん」としかいえなかった。

「あんたたち、忙しくしてるから…いいんだよ」と母は言った。

よけいに、返す言葉が無かった。



好きなものを作ってきたよ、と渡して見せた。
父はきんぴらごぼう、母はさつま揚げが好物なのだ。


「こういうのが、食べたかった」
そう、母が言った。

沢山、食べてください。

父と母と飲んだのは、久しぶりのことだった。