マイケルE・ガーバーの教え 社長が会社にいなくても回る仕組み経営講座 -37ページ目

マイケルE・ガーバーの教え 社長が会社にいなくても回る仕組み経営講座

 このブログでは、ビジネスを中心に、書評、名言、ビジネス用語解説、時事問題等を斬新な発想でお伝えして行きます。
 
 

07.ビジネスのストーリーとは?

ガーバーはビジネスのストーリーを徹底的に語れと言います。
ではどう語ったらいいのでしょうか?
マーケティングの理論と全く同じ考え方です。

相手を説得させる方法

1.問題を提起する

2.解決策を示す

3.行動を呼びかける

これだけです。
数値目標を出していけない訳ではないのです。それは非常に大切な作業になります。
しかし、順番からすると1番目ではないのです。1番大切なことはあなたの想いを書くことです。

●明確なやる理由

 マイケルE.ガーバーの推薦図書の1つである、世界的名著ビクトール・E・フランクルの「夜と霧」があります。
この本はビジネスの本ではないですが、人生の本質を教えてくれます。
第2次大戦中のドイツの強制収容所で生き残った人と生き残れなかった人には1つの
明確な違いがありました。
その明確な違いとは、生きて帰る理由があった人は生き残り、それがない人は亡くなってしまったのです。
生きて帰る理由とはたとえば、守るべき家族がいる人、やらなければならない仕事がある人のことです。
それは人生でもビジネスでもまったく一緒で、やり遂げる理由がある人は遅かれ早かれ必ずうまくいきます。

●夢を語る

 ここまで、事業計画書にはあなたの想いを込めることが大切だと説明してきました。
ガーバー自身が偉大なドリーマーです。彼がドリーミングルームという起業家育成プログラムに取り組み始めたのは69歳でした。

 ガーバーはすでに成功してるビジネスを所有していましたが、何か物足りなさを感じていました。彼は新しいビジネスプログラムを始めたかったのですが、年齢や今までの成功体験が、ガーバーを臆病にしていました。彼はドリーマーでした。当時96歳の母親に悩みを打ち明けました。彼は母のやってみなさいの言葉に忠実に従いました。ガーバーが70歳の時に作られたのがドリーミングルームプログラムです。

 ここで注目してもらいたいのは、すでに大きな成功をおさめたガーバーが69歳で新たなチャレンジをしているところです。人はいくつになってもチャレンジできるのです。また、チャレンジしない人は老いていくだけです。

 ガーバーは41歳の時に最初の事業構築プログラムでるE-Mythプログラムを生み出しました。それまで全くコンサルタントやコーチの経験はありませんでした。

 たまたま、ビジネスの相談に乗った相手に対して、彼は的確に答えることが出来ることに気づいたのです。

 ここでも注目してもらいたいのは、ガーバーは何の経験も人脈もない中で41歳で起業していることです。信念と感性のなせる技です。しかし、これはガーバーだから出来た例外的なことではないのです。ガーバーは7万社の企業を指導するなかで、だれでも起業家になれることに気づきました。ガーバーのやり方に従えばだれでも本物の起業家になれるのです。






06.インパーソナルドリーム(社会的な夢または他人の夢)とは?

◆パーソナルドリーム
 ガーバーは夢には2つあるといいます。パーソナルドリームとインパーソナルドリームです。パーソナルドリームとはお金持ちになりたいとか、やせたいとか、有名になりたいとか、もてたいなどの個人的な夢のことです。

 
◆インパーソナルドリーム
 インパーソナルドリームとは社会的な夢とか他人の夢と訳されます。インパーソナルドリームは決して個人的な夢でありません。それはあなたの夢ではなく、私の夢でもありません。他の誰かのための夢です。あなたやあなたのまわりの人以外の夢です。その人たちの人生を変えることです。

 したがって、起業家はパーソナルドリームによって呼び起こされることはありません。むしろ、彼、彼女らはインパーソナルドリームで呼び起こされます。バブルの後や不祥事で消えていったかつてのスター起業家は皆パーソナルドリームが根底にありました。真の起業家はソニーの井深大氏やグラミン銀行のユヌス氏のようにインパーソナルドリームが根底にあります。






05.なぜ想い及び理念が必要なのか?

◆ 世界企業ソニーと本田技研工業の誕生

 1945年8月15日、全世界で約6000万人の犠牲者を出した、第二次世界大戦は終結しました。日本はアメリカを中心とした連合国軍の支配下におかれることとなりました。日本は軍人、民間人合わせて300万人が命を落としました。1945年3月10日の東京大空襲では一夜にして、10万人が命を落としました。さらに、8月6日と9日の原爆投下によって、広島で20万人、長崎では14万人が命を落としました。

 日本は人も、資金も、物資も、信用もない状態に陥りました。まさに、歴史上最大の危機にありました。
そんな危機の中、第二次世界大戦終戦後から2か月後の1945年10月に、東京の日本橋に、井深大氏が7人の同志とともに東京通信研究所を設立しました。最初の仕事はラジオの修理でした。1946年9月に静岡の浜松では本田宗一郎氏が9人の同志とともに本田技研研究所を設立しました。

 後に世界的大企業となる、ソニーと本田技研工業の誕生の瞬間でした。

 ソニーと本田技研工業ともに、戦後の壊滅した日本を復興させるため及び社員とその家族を幸福にするために設立
されました。

◆ 奇跡の銀行、グラミン銀行

 グラミン銀行はモハメド・ユヌス氏によって作られた、マイクロ融資(小額融資)、女性支援を特徴とする銀行です。
1983年にバングラディシュで設立されました。2006年には功績が認められて、ノーベル平和賞受賞を受賞しています。
元アメリカの大学助教授で、アメリカで豊かな生活を送っていましたが、祖国のバングラディシュの独立を機に帰国しました。

グラミン銀行の仕組みについて
1 貸出先の96%は女性が行う事業ですが、事業を行いたい人を中心に小さいグループ(5人)を作ってもらい、事業について話し合い、事業のチェックやアドバイスを受けます。

 また、返済についても5人のグループが連帯責任をおいます。(本人が返済できない場合、他のメンバーが肩代わりをします)

2 貸出金利は年20%程度(単利)で、商業銀行の貸出金利と変わりません。というより、むしろ高いぐらいでしょう。

3 返済は少しずつ求めていきます。かつ貸出の時も、元利払い受取の時も、銀行の職員が融資先まで出向きます。職員は、融資先の家族構成や家族の名前も知っています。

4 こうした仕組みで貸付が行われるため、融資した資金が返済されてくる返済率は97~98%と高いです。(貸倒れ率は2~3%です)

 そもそも、バングラディシュという国は世界でもっとも貧しい国です。仕事も多くはありません。

 さらに、イスラム教の国なので女性差別も激しいです。女性たちは学校にも行けず、字も書けず読めません。家に帰ると夫から暴力をふるわれたりします。

 ユヌス氏は、貧しく、虐げられているバングラディシュの女性を救うために1人で立ち上がりました。グラミン銀行のはじまりは、ユヌス氏が自ら銀行から借りたお金を貧しい女性たちに貸し付けたことからスタートしました。

 泣いたりわめいたりするわけではなく、暴力に訴える訳でもなく、ビジネスと言う手段を使いました。
普通、字も書けず読めない、担保物件もない人にお金を貸すでしょうか?
どう考えても普通は貸さないと思います。

 ユヌス氏は、銀行がやりたくてグラミン銀行をつくったわけではありません。お金を儲けるためでもありません。
ただ単に貧しく、虐げられているバングラディシュの女性を救いたかっただけです。
 
 貧しいバングラディシュには彼女たちの働き口はありません。どうしたらいいのか考えました。
起業してもらうしかないと思いました。起業するためにはお金が必要でした。またそれを支えるための組織が必要でした。
だからグラミン銀行が作られました。単に必要だからです。

 当然、ほとんどの人から馬鹿扱いされました。頭がおかしいといわれました。
 普通の銀行はお客が銀行に出向きますが、グラミン銀行は行員がお客を探します。

 あなたは、なぜグラミン銀行への返済率が高いかわかりますか?
 ユヌス氏の自伝の中にその答えが書いてあります。私も驚きました。驚くべき返済率には、常識では考えられない理由がありました。

 ユヌス氏によると金持ちの方がお金を返さないと言っています。なぜなら彼らはお金を返したくないですし、返さなくていい方法もいろいろ知っています。

 それに対して貧しく、虐げられた女性たちは、まじめに返そうとします。何と言っても自分たちを救ってくれたグラミン銀行のために一生懸命返そうとします。まさに人間力のなせるわざだったのです。

  [モハメド・ユヌスは、人々にお金について、そしてそれをどのように使うのかを教えた。
 彼はさらにコミュニティについても教えた。母親として娘として、妻としての役割、責任ある人間としての役割を教えた。それをきつい言葉で教えるのではなく、力で教えるのではなく、にんじんをぶら下げて教えるわけでもなかった。
代わりに、彼らと同じ立場に立ち、彼らと向き合って教えた] (マイケルE.ガーバー)






04.経営理念とは?

経営理念とは会社の根本的な考え方で、わかりやすくいうと「なぜやるのか」を表しています。
また一般によく使われる社是とは経営方針で、わかりやすくいうと「会社で正しいとされていること」です。
必ずしも理念や社是について書かなければいけないわけではありませんが、
このように理念や社是という形で行動を呼びかけると、非常に伝わりやすくなるのでお勧めです。


具体例として、京セラとソニーを参考にしてみてください。

京セラの経営理念

全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、
人類、社会の進歩発展に貢献すること。

京セラの社是

敬天愛人


ソニーの設立趣意書(事業計画書)です。1部抜粋します。

会社設立の目的

一、
真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設

一、
日本再建、文化向上に対する技術面、生産面よりの活発なる活動


経営方針
一、
不当なる儲け主義を廃し、あくまで内容の充実、実質的な活動に重点を置き、いたずらに規模の大を追わず





03.実現する事業計画書とは?

◆ 計画のための計画と実現する計画の違い

【事業計画とは起業に役立つか、すでに経営してる会社を成功させることを目的とする文章である。
 旧来の事業計画が作られるのはたいていの場合、次の2つの理由による。

1成功する会社ならやっているから。
2お金を借りるため。

この2つの特徴が理由で旧来型の事業計画は実現しない。
なぜなら、知性により作られた計画には、情熱と興奮と目的がかけているからである。
必ず実現する事業計画は、想いを中心に計画を作るところから始まる】(マイケルE.ガーバー)

◆ ガーバー流の事業計画書
 ここでは、ガーバー流の事業理念をまとめた事業計画書について紹介します。
一般的に事業計画書というと売上予想や市場分析、事業理念などあらゆるものを詰め込むというイメージがあるかと思います。

 売上予想や市場分析、事業理念など本来、全く異なる性質のものをいっぺんに作ろうとするので大部分の初心者は失敗します。

 数字をいくら考えても、人はワクワクすることはありません。仮に完璧な数値をだせたとしてもそれでは人を動かすことはできないのです。人を動かすことができなければ事業計画を実現させることは不可能です。なぜなら事業は人によって回っているからです。

 そして、数値化や市場分析をすればする程、事業計画書は実現しなくなります。なぜなら単純に面白くないからです。人は愛着の持てないものには興味を持てません。もちろん数字や市場分析は非常に大切です。私自身が事業を運営する中でまがりなりにも事業計画をいくつも作ってきました。

 当然数字が中心になってきました。しかし、実際にはそれは後々付け加えていけばいいのです。このブログでは、市場分析はマーケティング編で、数値化は財務編で学ぶことになります。

 事業計画書で1番大切なことは、あなたの想いをかたちにすることなのです。あなたの想いをまとめたものが、事業計画書ですガーバーが言っている必ず実現する事業計画とはそういうものなのです。





02.マイケル E. ガーバーとは?

このブログは世界 No.1のスモールビジネスコンサルタントであるマイケル E. ガーバーのビジネス理論を基に作られています。

 1977年、マイケル E. ガーバーは、世界中のスモールビジネス を変革させるという夢と共にスタートしました。そのメソッドによって7万社という スモールビジネスが飛躍的な発展を遂げ、ガーバーは「E-Myth Revolution(E-Myth革 命)」を生み出した男として、世界 No.1のスモールビジネスコンサルタントと呼ばれるようになりました。

 Eはentreprenuer(起業家)のEです。Mythとは神話のことです。E-Mythnの直訳が「起業家の神話」になります。ガーバーの会社の名前や本の題名にもなっています。

 E-Mythとは、起業熱にうなされた職人 ( 起業家ではなく )が作った会社の大半が失敗 に終わることを指しています。

 パン職人がパン屋さんを経営し、美容師が美容院を経営し、弁護士が法律事務所を、税理士が税理士事務所を、大工さんが工務店を経営します。

 これは別に当たり前のことです。彼、彼女らはパン職人、美容師、弁護士、税理士、大工になるためにどれだけのお金と時間を投資したでしょうか?おそらく、少なくても3年から5年の時間を使い、金銭的にも数百万円のお金を投資しているはずです。

 しかし、おかしなことに彼、彼女らは起業する前にも後にも経営に関してはほとんど時間とお金をかけません。経営についてまったく勉強をしない、あるいはしなくてもいいと勘違いしているのです。 

 ガーバーが執筆した書籍、E-Mythシリーズは20カ国語に翻訳され、ビジネス分野でのベストセラーシリーズとなっています。中でも1995年に改訂されたオリジナル版 『E-Myth Revisited』(邦題『はじめの一歩を踏み出そう ― 成功する人たちの起業 術』)は、 Inc. 500社のCEOが推薦する書籍として、『7つの習慣』や『ビジョナリー カンパニー』などの名著を抑えてNo.1を獲得し、発売以来25年に渡りロングセラーを続けており、全世界で120万部の大ベストセラーにもなっております。





01.事業計画書とは?

 私は今までに20冊以上の事業計画書の本や資料を読んでいます。

 また事業計画書の作り方についても、直接、中小企業診断士の方々や税理士の方々からご指導いただきました。そのおかげもあって、実際に事業計画書を完成させることができました。また銀行の融資も通りました。
 
 しかし、実際にその事業計画書が使われることはありませんでした。あくまでもその場限りのものでした。

 なぜ、時間をかけて作った事業計画書が実際には使えないのか、わかりませんでした。というより使うという意識さえなかったのです。数値化や市場分析をすればする程、事業計画書は実現しなくなります。なぜなら単純に面白くないからです。人は愛着の持てないものには興味を持てません。そのような事業計画書が使われるはずがないのです。

 事業計画書には、大きく分けて2つのパターンがあります。1つは人に見せるためのものです。金融機関や株主など、要するにお金をだしてもらうための事業計画書です。
 
 もう1つは自分のための事業計画書です。自らの想いを書き込み事業が進むごとに改善をくわえる、いわば事業を目的地にたどり着けさせるための地図のことです。

 会計にも金融機関や株主、国や地方の公共団体に見せるための財務会計と自らの指針を確かめるために作る管理会計があるように、事業計画書にも、自らの指針を確かめるために作る事業計画書があっていいはずです。いやなければなりません。
 
 なぜなら、事業計画書は先ほど申し上げたとおり、事業を目的地にたどり着けさせるための地図だからです。

 私自身30歳で起業して以来曲がりなりにもいくつかの事業計画書を作ってきました。しかし、どうしても数字が中心になってしまい、作ったのはいいのですが、全く活用されずにきました。実際に起業されている方でも、事業計画書さえ作っていない方も多いのが現状です。

 私はマイケル E. ガーバーから学ぶことによって、はじめて納得のいく事業計画書が作ることができました。数値も市場分析も最初はありませんでした。そこにはまさに、ただ想いばかりの理念のみ書かれた事業計画書ができあがりました。正直最初は驚きでした。今までの事業計画書とは180度違うものだったからです。

 最初にマイケルE.ガーバー流の理念型事業計画書を創り上げてから1年以上が経過しました。1年でその事業計画書はまったくちがったものになりました。ガーバーのいうとおり、事業計画書とは都度変えていくものだということがよくわかりました。