マイケルE・ガーバーの教え 社長が会社にいなくても回る仕組み経営講座 -38ページ目

マイケルE・ガーバーの教え 社長が会社にいなくても回る仕組み経営講座

 このブログでは、ビジネスを中心に、書評、名言、ビジネス用語解説、時事問題等を斬新な発想でお伝えして行きます。
 
 

アメリカでは2007年11月に最初のアマゾンのキンドルが発売されています。

そしてすでに、電子書籍の売上が紙の書籍の売上を超えている
のです。
 
電子書籍でもアメリカは日本より5年以上先を行っているので
す。  

2011年6月に出た原書の評価も非常に高いです。
 
著者のジョン・ロック氏はインディーズ(出版社や編集者を介
さない書き手)作家として初めて、
ミリオンセラーを生み出した作家です。
 
彼は実業家としても成功しており、インディーズ作家としての成
功も彼のマーケティングの知識によるところが大きいのです。
 
そのマーケティングとは「読書の信頼を得る方法」です。

 ・ 計画を立てる
ベストセラー本を書くのに最も良い方法は、執筆前にあなたの
読者が誰か、そして彼らが何を望んでいるのかを知ることです。
そのためには自分で考えたり、友人知人に聞くなどの読者調
査が必要です。

 ・ 読者対象とブログ、ツイッタ―などで読者とコミュニケーシ
ョンをとる。
 
 ・ リストを取るためのWEBサイトをつくる、ブランディング用
にインタビュー記事を載せる

 ・ 究極のゴールは1万人の生涯読者リストをつくること
この本では読者の信頼を得るためのブログの書き方を具体的
に学ぶことができます。

信頼を得るためには、自分がどんな人間なのかを読者対象に
わかってもらうための文章を書くことです。
 
再現性の高い本だと思います。最後は実践しかありません。



2012年のJリーグの一番の衝撃はガンバ大阪の2部降格でしょう。

元旦の天皇杯は1対0で柏に負けはしましたが、その実力はJリ

ーグでも屈指です。

日本代表のレギュラーである、遠藤、今野をはじめ、元代表や若

手の有望株をそろえるJリーグ屈指の攻撃力を誇るチームです。
今シーズンのJリーグ最多得点チームもガンバ大阪なのです。
なぜ負けたのか?

降格のきっかけは、10年ガンバ大阪の指揮をとり、数々のタイト

ルを獲得してきた西野監督の退任でした。
次期監督とてロペス氏を招へいしましたが、Jリーグの監督にな
るためのS級ライセンスがないことがわかり、急遽、セホーン氏
を招へいして、ロペス氏をヘッドコーチにする迷走を見せました。
チームでも会社でも一番いけないのはトップが誰だかわからな
いことです。このセホーン監督、ロペスヘッドコーチの2巨頭体
制はチームの指揮系統を不安定にしました。
ACLで勝ち星なし、公式戦5連敗の後に2人ともに3ヶ月で解任
されました。

もっとも似ているのが1999年に2部に降格した浦和レッズでし

ょう。当時の浦和も福田、岡野などの代表選手や小野などの若
手の有望選手を何人も抱えていましたが、補強をおこたり、リズ
ムをくずして、2部に降格を余儀なくされました。
ガンバ、レッズともに前年度は3位だったというおごりもあったか
もしれません。

どんなにいい選手やいい人材がいてもチームがまとまらなくては

勝てませんし、結果はでないのです。
たとえ選手や人材の能力は、落ちてもチームとしてまとまってい
る方がはるかに大きな力を発揮するのです。組織とはそういうも
のです。

ビジネスの世界でも、かつて一世を風靡した、ソニー、シャープ、

パナソニックなどが、経営危機に陥っています。
事なかれ主義が蔓延した、大企業病です。

スポーツでもビジネスでもいかにいい組織を作るかという、マネ

ジメントの概念が必要なのです。


今年の大河ドラマは同志社大学を設立した新島襄の妻新島八重が主人の「八重の桜」です。



 



新島八重は1845年生まれ、会津藩の砲術師範であった山本権八・さく夫妻の子として誕生しました。



 



会津藩という幕府の流れを強く組む旧い考え方の藩で生まれ育ち、明治維新後は西洋流の新しい価値観のもと、賊軍として生きていく矛盾と常に向き合わざるえませんでした。



 



会津藩に伝わる、教育方針を示したものが什の掟です。





什の掟 





·        
一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ



·        
二、年長者には御辞儀をしなければなりませぬ



·        
三、虚言をいふ事はなりませぬ



·        
四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ



·        
五、弱い者をいぢめてはなりませぬ



·        
六、戸外で物を食べてはなりませぬ



·        
七、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ



ならぬことはならぬものです



 



 

納得できるものもありますが、今では考えられないぐらい古い価値観もあります。



 



この時代、こうした矛盾を感じていたのは何も新島八重だけに限らなかったのです。



 



夏目漱石や森鴎外が文章に書いているとおり、急速な変化が人々の心に落とした影はけしてちいさくありませんでした。この影が後に戦争というかたちで爆発していくのです。



 



新島八重は外見が決していいとは言えませんでした。ふとっていましたし、写真を見ても決してきれいではありません。だからこそ、今を生きる女性を励ますことができるのではないかと思うのです。戦争に負けた会津藩の出身、恵まれぬ容姿、結局子宝にも恵まれませんでした。



 



今回の大河ドラマでは、綾瀬はるかというきれいな女性が演じますが、できれば、森三中や山田花子あたりにやってもらったほうが現実味は増したと思います。



 



しかし、孤立無援の中でも彼女は自分の生き方を貫いたのです。戦い続けました。



 



日清戦争、日露戦争では篤志看護婦となりました。功績により昭和3年(1928年)、昭和天皇の即位大礼の際に銀杯を下賜されています。



 



夫の新島襄曰く「彼女は見た目は決して美しくはありません。ただ、生き方がハンサムなのです。私にはそれで十分です。」



 



まさにハンサムウーマンといわれた新島八重を慈しみ、育てたのは夫の新島襄だったのです。2人のラブラブのエピソードは数多く残っているそうです。



 



平成を生きる女性も多くの矛盾を感じていると思います。もちろん男性でも同じです。



 



だからこそ、新島八重のように、強い志を持って、想いを貫いてほしいのです。



 



そして、新しい社会を創り上げてゆくのです。



 



新しいハンサムウーマン、ハンサムマンが出てくることを心より祈念しております。


$マイケルE・ガーバーの教え 起業家の神話講座-本のイメージ



あけましておめでとうございます。

元旦です。

2013年が始まりました。


「一日の計は朝にあり

一年の計は元旦にあり

一生の計は勤勉にあり

一家の計は身を正すことにあり」

私の好きな中国の月令広義の言葉です。

私も毎日、日を新たにしたいものです。




最近、正岡子規の「病床六尺」を読み返しました。

正岡子規は大学の同級生で盟友の夏目漱石と並ぶ

明治の文豪の1人です。

俳句や短歌の改革を成し遂げた人です。

正岡子規は7年間、結核に苦しみ、34歳で世を去りました。

その間に4冊のエッセイを書き上げました。

これらは日々、新聞に連載されたものです。

「病床六尺、これが我世界である。しかもこの六尺の病床が

余には広過ぎるのである」

から始まり、127回目で息絶えました。

新聞社が子規の病状を心配して、休載日を作った時、

子規は「朝起きると死ぬほど苦しいですが、『病床六尺』を見ると

蘇るのです。『病床六尺』がないと泣き出しました」と連載を

懇願したそうです。

恐るべき作家魂だと思います。

書くことが子規の生きる証だったのです。

なぜなら正岡子規は正真正銘の作家だったからです。

私も強いプロ意識をもって文章を書いて行きます。



おかげさまで私が書いた、
世界No.1 スモールビジネスコンサルタントである、
マイケルE・ガーバーの世界初の入門書、
「起業したい人への16の質問」
~ガーバー流事業計画書のつくり方~(秀和システム)は、
2013年1月22日発売です。

この本は日本の起業初心者がガーバーの理論をすぐに実践で
使えるように構成されていいます。

すでに以下のご感想をいただいています。

・読みやすい

・すぐに実践できる

・情熱を感じる

・文章に個性がない

・文章がうまい

・コラムが面白い


今回は膨大なマイケルE.ガーバーの思想を

初心者にもわかりやすく、かつすぐに実践するための本に

しました。

そういう意味では大成功といえるでしょう。




アメリカでは最近また小学校での銃乱射事件で26人がなくなりました。

全米ライフル協会などは、憲法修正2条「よく規律された民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有し、携帯する権利は、これを侵してはならない」を論拠に、乱射事件が起きるたび、規制強化を阻止してきたようです。



 



自殺や事故を含め銃で死亡した人は約3万1千人、うち殺人事件の犠牲者は約1万1千人(2009年統計)という状況です。



 



マイケル・ムーア監督の映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」は

1999
年にコロラド州のコロンバイン高校で起きた銃乱射事件を題材に、アメリカの銃社会の実態を抉り出したものですが、この映画に出てくる「銃による死亡者数の国際比較」を見ると、アメリカの年間死亡者数は他国と2桁以上違います。

米国11,127人、ドイツ381人、フランス255人、カナダ165人、イギリス68人、オーストラリア65人、日本39人の順である。



 



アメリカは毎年同じような銃による事件を起こします。毎年多くの犠牲者がでても絶対に銃を手放しません。アメリカは異常です。危なくて外も歩けないです。いまだに西部劇をやっています。市民の安全を本当に考えれば銃規制は絶対に必要です。しかし、アメリカは大きな利権が絡んでいることと、異常なほど個人の権利意識が高いのでそれも出来ないのです。悲劇を超えて喜劇です。





 



 


先週の12月23日は日本メンタルヘルス協会という心理学の学校の

修了式に参加してきました。

仕事の関係で参加できない期間が長く、何と10年かけて

卒業となりました。

本校は大阪にあります。

吉本風笑いの心理学と言われています。

代表の衛藤先生は10年前と全然変わっていないところが

すごいです。衛藤先生のパフォーマンスも見ものです。

メンタルは「知のディズニーランド(エンターテーメント)」

を指向しています。

笑いあり、涙ありの愛と感動の講義を日本全国で

展開しています。

衛藤先生のドリームは一般の人が日常で使える心理学を教える

学校を作ることだったのです。


修了式の2次会は講師の方々のリサイタルショーでした。

レベルが非常に高かったです。まさに講師全員がエンターテーナーです。

すでに4万に以上の卒業生を輩出しています。

卒業生はあらゆる分野で活躍しています。

マツダミヒロさんやひすいこたろう、石井貴士さん

衛藤先生は今、日本№1の講演家だと思います。

パフォーマンスの大変良い勉強になります。

私のパフォーマンスの師匠でもあります。
$マイケルE・ガーバーの教え 起業家の神話講座-修了式

知人の黒い社労士こと、野崎大輔さんのプロフィールセミナーに参加しました。一般的なプロフィールはいかに自分を良く見せるかに焦点んを合わせます。しかし、彼のやり方はあえて自虐ネタを入れます。その方が親近感とインパクトが増すからです。



 



つまり、一般的なプロフィールは業務が中心になります。自分はこなことができます式です。それに対して、黒い社労士はキャラクターを中心ににしたプロフィールのを書いています。



 



キャラクター作りの2つのポイント



 



1 ソフト面(個性)



 



 経歴の棚卸をします。



 



2 ハード面(外見)



 



 周囲からどのように見られているのかを理解する。



 



 要するに、背伸びせず、無理をせずに等身大の自分を知って、そこで勝負するのです。



 



プロフィール作成のポイント



 



1 自慢話をしない



2 自虐ネタを入れる



3 ストーリーにする



 



4 何ができるのかを入れる



5 どうしてできるのかを入れる



 



以上です。



 



3のストーリーのポイントは挫折した話を中心に書くことです。しかもそれを面白おかしく書くことです。



 



八方美人ではなく2割のファンをつかむことがこのプロフィールの目的になります。



 



実際にこの自虐型プロフィールの方がビジネスにはつながりやすいそうです。



 



自分のことに共感してくれる顧客があるまるのでストレスフリーでもあります。



 



 


 第46回衆院選は12月16日、行われ、自民党が単独で衆院(定数480)の過半数(241議席)を大きく上回り、政権奪還を果たしました。連立を組む方針の公明党と合わせて、参院で否決された法案を再可決できる3分の2(320議席)を超えました。民主党は60議席に届かない壊滅的敗北を喫し、3年3カ月で政権の座を譲ることになりました。第三極勢力では、日本維新の会が大阪圏を中心に躍進し、第3党になりました。

 

 前回の選挙はどうだったかというと、第45回衆議院議員総選挙は、2009年(平成21年)8月30日に執行されました。選挙の結果、民主党が選挙前を大幅に上回る308議席を獲得しました。一方、自由民主党は119議席を獲得しましたが、公示前議席より181議席の減少となり、1955年の結党以来初めて衆議院第一党を失いました。公明党は公示前議席から10議席少ない21議席となりました。


 民主党は結党11年目にして衆議院第一党となり、第172回国会で民主党が中心の新政権が発足しました。非自由民主党政権としては1993年7月18日に行われた第40回総選挙の結果に基づき、誕生した細川内閣以来でした。現在までに到る自由民主党直系以外の政党が単独で過半数を獲得し立ち上げた政権としては戦後、また現行憲法成立以来初めてでした。

 

 まさに今回の選挙は3年前の前回2009年の選挙とまったく逆のことが起こっただけなのです。与党の政治的不能に対する有権者の批判票が今回は自民党に、前回は民主党に入っただけです。
 

 今回の予想通りの選挙結果は、民主党はダメだから、やはり自民党にもう一度やらせてみようという有権者の声を素直に表したものです。
 

 しかし、それだけでは、また自民党がだめだから、民主党となるだけでしょう。


 大事なことはやはり、選挙の後も、何らかの形で積極的に政治にかかわっていく必要があります。現在の日本は閉塞状況にあります。経済、教育、福祉などすべてにわたって必ず政治が絡んできます。それらを変えるためには、法的仕組みを変える必要があるので、政治から目を背けるわけにはいきません。私自身もどうかかわっていくのがいいのかを考えたいと思います。

 

 今回の選挙結果を見ると、自民党の圧勝と維新の会の躍進と民主党の惨敗に目が行きがちです。しかし、死票にはなっていても、全国的に共産党にそれなりに票が入っているのは、自民党も民主党もだめだからという、批判票だと思います。

 

 政治学者丸山真男がいうように、A党がだめだからB党というより、今回はB党には票が集まらないから、あえてB党に投票するというようなバランス感覚こそが、成熟した有権者といえると思います。全体を俯瞰するということは、ビジネスでも、政治でも同じように重要です。
マイケルE・ガーバーの教え 起業家の神話講座-World of Color




「ディズニーランドが完成することはない。世の中に想像力がある限り進化し続ける」


起業家、ウォルト・ディズニーが夢と情熱もって作り上げたディズニーランドは1955年に


アメリカのカリフォルニアにあるアナハイムで開業しました。



ウォルト・ディズニーは301もの銀行に融資を断られました。



302件目でやっと融資がおりて、建設したのが現在のディズニーランドです。



現在ではフロリダ州、東京、パリ、香港にも進出していますが、



世界最古にして、最初のディズニーランドがアナハイムにあるのです。



昭和天皇をはじめ多くの要人たちが訪れる由緒正しい、アミューズメントのの聖地といっても過言ではないと思います。



男性、女性、大人、子供、国籍な関係なくだれでも楽しめるまさに魔法の国を体現しています。



現在、本家ディズニーランドリゾートはディズニーランドパークとディズニー・カルフォルニア・アドベンチャーパークの2つからなっています。日本ではまだ始まっていない、カリフォルニアのディズニーランドリゾートのディズニー・カルフォルニア・アドベンチャーパークの名物「 World of Color 」は圧巻でした。水と音と映像の3つが織りなすスペクタクルを堪能できました。



ウォルト・ディズニーはディズニーランドのオープン時のスピーチの中で、「私はディズニーランドが人々に幸福を与える場所、大人も子供も、共に生命の驚異や冒険を体験し、楽しい思い出を作ってもらえる様な場所であって欲しいと願っています。」と語っています。「誰もが楽しめる」という理念は、今も各ディズニーランドのパークで受け継がれています。

サイレント(音声なし)からトーキー(音声あり)へ 第1回


技術の革新がおこると、必ず古い産業は刷新されて、やがて新たな発展をしていきます。

映画産業ではサイレントからトーキーへ切り替わる時代がまさにそれでした。


サイレント期の劇映画は、パントマイム演技とカットタイトルの字幕によるセリフ・ト書きで表現する芸術でしたが、

日本では、各常設活動館(現在の映画館)に常駐した活動弁士による生の解説に負うところが大きかったのです。

トーキーが映画産業のブームをもたらしている間、当時のハリウッド俳優にとっては雇用上の逆効果を生み出していました。

舞台経験のない俳優は突然トーキーに対応できるか否かについて疑問を持たれるようになりました。訛りがひどい者や容姿と

声が合っていない者も無声映画時代にはその欠点を隠せていたが、特に危険な状態に追い込まれました。

無声映画の大スターの多くは、そのようにして事実上映画俳優をやめることになったのです。

映画会社側がトーキーへの適性を口実にして大スターに支払うギャランティを下げ、いやなら辞めろという態度で俳優たちに
迫ったという面もあるといわれれいます。

また最大の理由は観衆は無声映画時代のスターを古風と見なす傾向があり、

それはトーキー時代にも適応できる才能を持っていた者に対しても変わらなかったからです。

その中でサイレントからトーキーへの急速な変化を経てもスターの地位を保った俳優も例外的にいます。

特にチャールズ・チャップリンとグレタ・ガルボです。
チャップリンはトーキー全盛になってもサイレントにこだわり続けました。『街の灯』(1931年)や『モダン・タイムス』(1936

年)で、ほぼ音楽と効果音だけのサウンドトラックを製作して、映画をヒットさせました。
グレタ・ガルボは英語を母語としない外国人でしたが、トーキー移行後もハリウッドスターの地位を維持し続けました。

チャールズ・チャップリンとグレタ・ガルボがスターであり続けたのは2人の映画を見れば一目瞭然です。

圧倒的な個性と才能であふれています。彼らの変わりはどこにもいないのです。

チャールズ・チャップリンのパントマイムの高い技術、映画監督としての技量、グレタ・ガルボの妖しいまでの美しさは誰もま

ねできないのです。

まさに彼らはオンリーワンだったのです。

だから変化の時代にも生き残ることができたのです。