いま、日本は大きな危機に直面しています。日本だけでなく、世界中が危機に直面しています。未知のウイルスが蔓延し、多くの命が失われています。それによって、僕たちの生活は一変しました。


アメリカやヨーロッパの多くの都市ではロックダウンが行われ、人々が外出できない状態が続いています(最小限の買い物や、健康維持のための散歩・ジョギングは除く)。日本でも度重なる外出自粛要請が出され、街中から人の姿が減っています。


でも、まだ今を楽しくしたいという気持ちが勝っている人が多い気がします。


日本で、たかが数十人亡くなったと思っている人は自分の知らない誰かが亡くなったとしか思えず、危機感を持てないのも無理はないかもしれません。


ですが数日後、また数百人、数千人、数万人となった時にはもう既に遅いんです。


まだ入り口の段階だからこそ、食い止めなければ歯止めをかける事は難しいと思います。


自粛要請に対し、何も感じていない人々は周りに配慮した対策もとらずに意味もなく外出をして、自分や他人の命を奪う可能性を自ら拾いに行きます。


僕が無事でも、僕の知人や親友を感染させ、間接的に殺してしまうかもしれないと思うと恐怖でしかないです。


あなたは無事でも、あなたの親を、または祖父母を、家族を感染させ、結果的に殺してしまうかもしれないのです。


NY在住の友人は、自らがコロナウイルスにかかった時、真っ先に自らの家族や周りの人を心配していました。


自らの手で家族を葬るかもしれない可能性を不要不急の外出でわざわざ拾いに行くなんて馬鹿げています。


本当に気を付けて欲しいです。


先日、ダイの散歩中に近くの公園に花見をしている学生らしき若者の集団がいました。


その中の1人が

「コロナにかかってもまあそれも人生!春休み楽しみにしてたんだし、満喫する!」

と言っていましたが、おまえの命の心配してるんじゃねえんだよって話です。


我慢出来ず、つい言ってしまいました(汗)


「君がもしも陽性になってフラフラ遊んだら、どこかで誰かにウイルスを渡すかもしれない。その誰かがそれで死ぬかもしれない。もしくは君が若いからって理由で、お年寄りよりも優先されたら、誰かのおじいちゃんおばあちゃんは死んじゃうの。自分が亡くなった人の家族や友達だったら許せなくない?」


きつい言い方だったかもしれません。


反感を買うかと思いましたが、その若者も仲間も理解してくれたようで良かったです。


桜は来年も咲きます。2020年の桜は一度きりだけど、それでも咲きます。去年一緒に桜をみたあの人がもういない。そんな悲しみを感じる来年の春は、自分の行次第で避けられるかもしれないんです。



日本でも緊急事態宣言が出されました。


恐らく多くの人は危険を感じて自分の行動パターンを変えたり、周りに配慮しているかと思います。


必要な仕事をしなければいけない人もいるでしょうし、何もせずずっと家にいろと言うのも無理があります。


大事なのは自分が感染するリスク、感染させてしまうリスクを頭に入れ、予防の為の行動形式を取り入れる事です。


いずれそれらのエチケットが当たり前になれば、今後新型コロナウイルスだけに関わらず、自分の健康を維持する事は可能になります。


僕もそれらを実践していきたいと思います。


穏やかな心で過ごせる日々が早く訪れますように...  




鬼滅の刃より







世界中でロックダウンされる都市が増えてきて、五輪も延期、いよいよ、東京もロックダウンするかも・・・なんて空気感も出ています!


と、そういった具体的な情報は、Google等で検索すれば、結構、ちゃんと最新の情報がわかります。


僕は情報ではなく、これから大事だと思う「心持ち」について書きました。




まず、冷静になることは大事

1日1日状況が変わるし、先行き不透明だし、不安でしょうがないですよね。


安心してください。あなただけでなく、みんな不安です。クールなあいつも、スマしたあの子も、僕も、みんな大なり小なりテンパってます。


まずは、ちょっと深呼吸して、落ち着きましょう。


吸ってー、はいてー、吸ってー、はいてー

・・・OK


不安になったり、慌てたりすると、どうしても「冷静じゃない判断や行動」をしてしまいます。

・買いだめに走り、店頭からモノが消える

・妙に楽観的になって、軽率な行動をとる

・批判の対象を探して、怒りをぶつける


冷静と悲観的は違うし、楽観的とも違います。


一度落ち着いて、必要な情報をニュートラルに選択しましょう。


そして、日々行動するとき、今、自分は冷静なのかな?と確認しましょう。




人に優しくする

人に会う機会が減り、楽しみやガス抜きも減って、ストレスは溜まります。


何より、不安はそのままイライラにつながりやすい。


そんな時、ついつい周りの人にぶつけてしまったりします。


でも、こんな時に近くにいる人は、きっとあなたの大切な人です。


いつも以上に、優しい気持ちを持って、接することを心がけましょう。


それができたら、もう少し対象を広げる。


今、眼に映る全ての人が、同じように困り、辛い状況にあります。


身内ほどではなくても、少しばかりの優しさを持って接しましょう。




前向きな気持ちを持つ

深刻な話や考え方は、麻薬のように中毒性があります。


不安な時ほど、確かなものに心も体も預けたくなる。


残念ながら、今もっとも確かなことは「とにかく深刻だ」ということです。


そうだ!そうだ!と同調しやすい。まさに、深刻フェス。


前段でも書いたように、その事実は、冷静にニュートラルに受け止めるのが、まずは大事です。


同時に、自分の思考まで深刻化しないように意識しないといけない。


こんな時こそ、前向きな思考と行動を。


簡単なことではないですが、意識するだけでも、少し違ってくると思います。




今も、楽しいが必要なのか?

先週の自粛ムードの時に、会社のスタッフにメッセージを発信しました。


「ここ数週間、ずっと考えてました。

楽しいは悪じゃない。

そして、気持ちまで自粛する必要なんてまったくない。

前向きな考えや、空気感が少しでも広まってほしい。

ウイルスの拡散防止は最大限にやる。

その上で、今だからこそ楽しいが必要なんです」



先週と今週では状況は大きく変わっています。これから先もどんどん変わっていくでしょう。


じゃあ、このメッセージはもう意味ないのかと言うと、そんなことはないと思っています。


先ほど書いたように、冷静に判断して、感染予防を最大限に頑張る。


その上で、次にウイルスが犯してくるものは「人の気持ち」です。


健康な体と健康な精神はワンセット。


それぞれが、今できる「楽しい」という気持ちもとても大事です。


自粛はしよう。でも、気持ちまで自粛する必要はない。


そのような動きは、感染が深刻化する海外でも数多く起こっています。

・ベランダで楽器を演奏し、ご近所さんに音楽を届ける人。

・家でのユニークな楽しみ方を動画で発信する人。

・ロックダウンしていない韓国では、ドライブインシアターが人気を博しているそうです。


日々変化する状況の中で、今できる「楽しい」って何なのか?は常に、考えていきたいなと思っています。






最後に

まずは感染しない。病気にならない。人にうつさない。


これは徹底していきましょう。方法は、検索すれば最新の対策が出てくるので、そちらを参考にしてください。


その上で、気持ちの持ち方について書きました。


今回のウイルスの怖い副作用は「人と人のつながりを断とうとする」ことにあります。


冷静さを失う。疑心暗鬼になる。イライラして人にぶつける。極端に、悲観する、楽観する。楽しいが悪のようになる。


これらの問題は、意識すれば、跳ね返すことができます。


冷静に、優しさを持ち、前向きに思考し、行動していきましょう。


そして、今できる楽しいを共有して、乗り切っていきましょう!




ボクは今、これが楽しい♪




それでは。






「最後に何の予定も心配事もなく、土日を過ごしたのはいつだろう?」


そんなことを思い出せないくらい猛烈に働いていた時期がありました。成果のために自分の健康や気持ちを犠牲にする働き方は、ある場面では大切だけど、またやろうとは思えない自分がいます。


自分の意識、無意識とは関係なく、体と心に無理をさせ続ける生活はいつか必ず限界をむかえてしまうから。



景色の美しさを感じられる幸せ

美しい景色を眺めていられれば生きていける、くらい景色を見ることがすきです。

























ただ、どれだけすてきな体験をしても味わう時間がなければ、その体験は人の中に何かの種を残すことなく、ただ通り過ぎていってしまうだけになってしまうと思います。




奪われる時間と失われる感性

物事を味わうためにはまとまった時間が必要ですが、時間というものは本当に奪われやすいもので。


当たり前すぎて大切なものであるという認識を持ちにくく、目に見えないからどれだけ失っているか気づきづらい。



「心で見なくっちゃ、ものごとはよくみえないってことさ。かんじんなことは目に見えないんだ」

サン=テグジュペリ | 星の王子さま



日々一生懸命に張り詰めながらたくさんのことをしていると、時間は矢のように過ぎていき、気づくと毎日が終わるような生活になりがちで。


結果を追い求めて、周りの期待に応えることに必死で、過程を味わう余裕がなくなると、時間とともに感性まで失われてしまう。




だれかのためではなく、自分のために。


何かをするのではなく、何もしない。


言葉で表現すると簡単そうに思えるけど、何もしないということは、何かするということよりもはるかに難しい。




日常に「よはく」を持つということ

自分自身、つい予定を入れすぎてしまうし、他人の期待に応えたいと思いがちで。


意識的に普段の生活に何もしない「よはく」の時間を作るようにしています。


・コーヒーを飲む時間には何も考えない。

・土日の片方は何の予定も入れない。

・たまに目的のない一人旅に出かける。


肉体的にも精神的にも疲れてしまう前に、何もしない時間、自分のためだけの時間を確保することが、長い人生を生き生きと過ごす上で大切なんだろうなぁと思っています。


自分のためだけに、というとわがままなようにも聞こえますが、多少わがままでもいいと思うのです。


自分の人生に責任を持てるのは、自分だから。他人の期待に応えるよりも、自分の気持ちに正直になりたい、と思います。




「よはく」を自分の気持ちで満たしたい

何もしてない時間でも、気がつくと
「仕事やらなきゃ」「連絡しなきゃ」
等々、いろんなことが頭をかすめてしまいます。そんなときは無理に考えないようとするよりも


「あぁ、自分はそんなこと考えているのか」


と自分の思考の流れを俯瞰してみるようにしています。


その後に

「これ楽しいな」「今けっこう幸せだな」

細やかでもいいから自分の気持ちに目を向けるようにしています。


気持ちへの感度が増してくると、日々の小さな喜びを感じやすいのはもちろん、違和感にも気づけるようになります。


「今していることは本当に自分がやりたいことなのか。」

「明日する予定のことは人生最後の日でも同じようにやることか。」


毎日の日常の気持ちを充実させることは、人生全体の充実度をあげていくための、遠回りに見える近道だと思っています。









自分が過去感じた痛みを他の人には味わって欲しくない。そんな思いで書きました。


激烈に働いている人、景色の美しさを感じられない人、疲れ切ってしまっている人。


そんな人が身近にいたら、ぜひ生活の中に「よはく」をつくることをお勧めしてあげてください。





今日も読みにきてくださり、ありがとうございます。

素敵な日曜日を。