展覧会に行って来ました。
青衣の少女 1984(昭和59)年 絹本彩色・額装 75.5×100.0 丸栄堂60周年記念展 角川文化振興財団
前期のみ
これは、青磁のような色合いでした。
とても味わい深い作品でした。
さて、高山辰雄について、
杉山寧、東山魁夷とならび、日展の三山と呼ばれました。
大分生まれ、小学校の先輩に福田平八郎がいて日本画に憧れました。
そして、1951年から世田谷を創作の拠点とし、世田谷美術館での回顧展に至ったのでしょう。
出品は大分県立美術館からです。
イントロダクション
とは銘されていませんが、今回も三点ありました。
行人 1969(昭和44)年 紙本彩色・額装 227.0×147.5 第1回改組日展 東京都現代美術館
背景の緑に茶色、これは次の次の母と同じ。
夕 1973(昭和48)年 紙本彩色・六曲一双
屏風 各171.0×352.8 日月星辰―髙山辰雄展 水野美術館
金地の六曲一双の屏風、この水面が光って見え、とても良く質感が出てました。ほぼ余白の無い作品が多い中、日本画らしいなと。
母 1970(昭和45)年 紙本彩色・額装 192.0×198.0 第2回改組日展 大分県立美術館
同じく緑と茶色、この背景はとても落ち着いて見えました。
これらは夕を除き、最初にお迎えしてくれる作品たちです。
1章 若き研削の日々
1930年前半~1945年
まず、藝大時代は松岡映丘に師事
作品は新日本画で絹本色彩で額装なので、油彩のように見えます。
2章 ゴーギャンとの出会い
1945年~1960年代
そして、戦後にゴーギャンの伝記に感銘受け、鮮やかな色面表現に挑みました。
室内 1952(昭和27)年 絹本彩色・額装 198.5×120.5 第8回日展 世田谷美術館
明らかにゴーギャンを意識してます。
また、前半は描かれる人物は女性が多くて、それも複数で。これがその例。
男性が出てくるのは後半でした。

3章 人間精神の探究
1970年代~1990年代前半
そこから、人間の見た目、イメージではなく、精神的と空気に伝わる気のようなものを背景に描いた大きな作品が並びます。
ちょっと重々しさも感じられ、うーん、と唸る感じでした。
食べる 1973(昭和48)年 紙本彩色・額装 161.5×113.5 日月星辰―髙山辰雄展 大分県立美術館
食べるって良いことだと思ってたんですが、反対に食べることが無ければ、良いのにとのコメント。まあ、貪り食うとか、その欲望や気質が露出するとも言えますが。
中に、灯りのついた家屋の作品があり、それにほっと息をつきました。
その後に黒群緑、水墨のような印象の作品が続きます。
4章 森羅万象への道
1990年代後半~
そしてラストはサブタイトルの森羅万象、それまでの画風を更に極めて行く感じです。
由布の里道 1998(平成10)年 紙本彩色・額装 216.0×146.0 第30回改組日展 大分県立美術館
作品はタイトルが、どうにも一見何か想像つかないものもあり、馴染みにくかったです。
神秘性があるとか、そうとも取れますが、これだけ多数あると、その感覚、も麻痺して来る感じでした。
幽玄な世界へようこそ、でも、そこには生の人間を捉え続けただけに重たくも感じました。
高山辰雄をこれだけまとめて見るのははじめてでした。あ、こんな絵を描いた画家だったの知れて良かったです。
後期は5月15日からです。
結構入れ替わるので、ここにも紹介してももう世田谷美術館の展示では見られないので、アップもしませんが。
世田谷美術館
~6月17日





