展覧会に行って来ました。


国的には有名ですが、王国だったのは意識してませんでした。
イスラームの聖地マッカ(メッカ)に向けて道が整備されていたのでした。
展覧会名も各章も道という事で名付けられてます。

そして、出土した、古代の石器や石彫から、メソポタミア美術の石製容器や像、バビロニア王の石碑、文字が刻まれた墓標やレリーフ、陶磁器、実物大の頭部像、交易の中心の香料、イスラーム教のカァバ神殿の扉、コーラン(写本)、そして、初代国王の遺品など、豊かな文明のあった地域だったのですね。

そう言えば、この辺りの関連展覧会は無かったですね。

さて見て行きましょう。

1 人類、アジアへの道

やはりこの顔!
人形石柱 カルヤト・カァファ出土 前3500~前2500年頃

他の顔も揃ってます。

石器が作られ、使われていたと言うこと
さらに奥には馬の像。
アフリカで進化し、ユーラシア大陸へ進んで行きます。
これら時代的にはこんな感じです。
礫器 
前期旧石器時代オルドワン文化・100万年以上前頃のもの
新石器時代・前6500年頃

下はナウマン象の歯

これらはまさに日本出土と極めて似た石器ですね。


2 文明に出会う道

「祈る男」
前2900~前2600年頃

メソポタミア文明とインダス文明を海上交易で栄えたアラビア湾沿岸から出土したもの。
土器が作られてるのは、歴史の共通

精巧な文様から、文明感じます。




後ろ姿に惚れ惚れ(笑)

3 香料の道
ますます、文様は進化が見られます。
これは、アラビア半島の南西部が、当時もてはやされた香料の産地であったことから、その交易をする土地が栄えていた証、こんな遺品が発掘されているとのこと。
紀元前1000年以降に香料交易で賑わった都市の出土品が並んでおります。


アクセサリーも作られだしたのですね。

柱の台座あるいは祭壇
前5~前4世紀
このレリーフは見逃せません。




リフヤーン人の巨像、交易で得た富で王国を築き上げたようです。



ここでも、先出の巨像
やはり後ろ姿には萌え感じます。



ヘレニズム・ローマ時代になります。
前3世紀~後3世紀



ラクダが運搬車に使われ、ますます交易が盛んになってきます。

これらは、ヘレニズム世界で信仰された神々の小像です。



地中海方面で作られたガラス器

イエメンからもたらされた香枦


なんか精巧に作られてますね
男性頭部 前1~後2世紀

アラビア湾沿岸で出土された墓の副葬品も並びます。






古代アラビアの文字文化が見られる石碑




この顔が再び



4 巡礼の道
預言者ムハマンドが説いたイスラームは、ムハマンド在命中にアラビア半島中に広まりました。その後、中央アジア、北アフリカ、イベリア半島まで広まったようです。
そして、マッカ巡礼は教義の一つになり、巡礼月には賑わったそうです。それに伴い、宿泊施設、給水施設が整備されました。信仰以外にも商業路として機能しました。











そして、美しい書体のアラビア文字が刻まれた墓石が並んでます。




男性向けと女性向けはイメージが違うようです。

カァバ神殿の扉 オスマン朝時代・1635または1636年
聖地マッカのカァバ神殿で使われていた扉




コーランです。










5 王国の道
サウジアラビア王国は18世紀サウード家による王国から始まります。
そして初代国王アブドゥルアジーズ王の遺品の展示がメインになります。
近代イスラーム工芸の真髄をご覧あれ。

国旗





これら滅多に日本では見られないサウジアラビア、イスラームの遺品、古代から近代工芸品、常設展の入場料で見られてしまいます。
写真も撮影出来ますし。

東京国立博物館 表慶館
~3月18日