1月20日 月曜日 幸せになる”心のあり方”
~フトした気づきとキッカケになれば・・・~
教育者 丸山敏雄師の純粋倫理の言葉をヒントに
No. 1249
● 同窓会と短歌(=和歌:漢詩にたいする語)
和歌は、人の心を種子(たね)として生成し、
さまざまの言の葉となったものである。
世の中の人は、関わり合う事物が多いものだから、
あれこれと心に思うのだが、
そう思っていることを、
目に触れ、耳にするものに託して表現しているのである。
花に鳴くうぐいすや、水に住む蛙の声を聞くと、
あらゆる生き物すべて、どれと言って
歌(=短歌)に詠めないものはない。
力も入れずに天や地を動かし、
目に見えない霊魂や神々を感じ入らせ、
男女の仲をもやわらげ、
猛々(たけだけ)しい武人の心をも、
和(なご)やかに、穏やかにさせるのは、歌である。
(紀貫之 『古今和歌集』 仮名序 現代訳)<丸山敏雄と短歌より>
◆ なるほど、昔の人が残している辞世の句は、
みな短歌として歌われている意味がここにあったのですね~
◆ さて、突然ですが、
19日日曜日昼から中学校時代の気の合った仲間だけの
恒例の同窓会が、博多湾に浮かぶ能古島(のこのしま)であり、出席しました。
★ まずは能古島への観光案内

★ 姪の浜フェリー乗り場:能古島行き渡船場
島影が見えます

★ 最新鋭フェリーがありました
この島へは10分間の船旅で、都心からすぐに自然豊かな別世界へ行けます

◆ 一年に一回だけ、新年一月の最終日曜日に、
都心から近くて、世俗から離れて、変わらぬ自然の風景が残る能古島の
地場の新鮮な魚介類を出してくれる割烹旅館でやり始めて、
今年は29年目です。
この一年に一回の集まり(能古会)に、子どもの頃の友人たちと、元気に顔を合わせるのが、みんなの楽しみとなっています。

★ 能古島(のこのしま)に到着、ワクワクします!

● 雲ひとつ無き日に渡る能古島
はずむ心に同窓生(とも)は集い来
はずむ心に同窓生(とも)は集い来
● 睦月には珍しきほど晴れ渡り
島の景色も澄みて鮮やか
★ 島から眺める博多の街並み ダイエーホークスの本拠地
ヤフオクドームも小さく眺められます
この海岸では上質のわかめが採れるそうです

● 中学の気のあう友と能古島(しま)へ行き
昔話に心はひとつ
◆ その幼友達はみんな今年70歳を迎えます。
この間、ひとり減り二人減り・・・と寂しい思いもしますが、
毎年、初参加の同窓生もその都度加わるようになり、
卒業以来55年ぶりに参加した人は、大いに懐かしみ喜んでくれます。
今年は海外生活が長く、日本に帰って初めて参加した友もいました。

◆ しろしろジイチャンは、この能古会(のこのかい)のお世話も命ぜられているので
補佐役として、お手伝いを毎年続けています
● 一年に一度集まる同窓会
古稀を迎えてまた一人減り
古稀を迎えてまた一人減り
↓ お役柄、こんな冗談も楽しめるのです

◆ 往年の美男美女たちです
身体が動けず、ここに参加できない友人たちもいます。
こんな集まりに毎年元気で来れるのは、一番の幸せかもしれません。
右端がK会長・・・昔し番長、いま仏様
左端はしろしろジイチャン・・・昔し仕切り屋、今は補佐

◆ 会長他男子世話人です


● 楽しんだ能古島(のこのしま)での同窓会
帰りの西陽寂しく沈む
帰りの西陽寂しく沈む
● 連絡船行きは賑やか帰りには
能古島(しま)をあとにし浪を見つむ
★ 帰りが夕方になります
楽しかったひと時と味わいながら、島を離れます
とてもロマンチックな気分になり、短歌もこの時出てくるのです

◆ 余りにも上天気に恵まれましたので、つい携帯で写真を撮っていると、その風景を眺めつつ、短歌が出てきましたので、詠んでみました。

◆ 「短歌は下手でいい! 対象をジッと見つめて、言葉にすればいいだけです」と、倫理研究所の”しきなみ短歌会”で教わってますので、自分自身の「心の浄化」のつもりで書いています。
● 一年に一度集まる同窓会
古稀を迎えてまた一人減り
● 中学の気のあう友と能古島(しま)へ行き
昔話に心はひとつ
● 雲ひとつ無き日に渡る能古島
はずむ心に同窓生(とも)は集い来
● 睦月には珍しきほど晴れ渡り
島の景色も澄みて鮮やか
● 楽しんだ能古島(のこのしま)での同窓会
帰りの西陽寂しく沈む
● 連絡船行きは賑やか帰りには
能古島(しま)をあとにし浪を見つむ
★ 短歌(うた)は紙と鉛筆さえあれば出来るといいますが、しろしろジイチャンは携帯電話のメモ帳を使っています。
メール感覚で指一本で作れるし、漢字も出てきます。
その上、保存をかけていれば、後日に加筆・訂正の推敲(すいこう)も自由に出来ます。
★ 短歌は、いつでも、何処でも、その気になりさえすれば、心に浮かんだ言葉や情景を5・7・5・7・7と31文字に指折り数えれば、まずは基本文型の短歌は出来ます。
車の中でも、待ち合わせ時間の合間でも、旅行に行った時でも、ちょっと落ち着いた時間があり、心をその方向に向けさえすれば、短歌は誰でもすぐに出来るのです。
イライラするかわりに、歌が出来るなら、かえってその無駄な時間が生きてきます。
心なごやかな、有益な時間なのです。
◆ 行く先々の印象を歌にすると、旅行も楽しくなるし、いい思い出が記録として心に残ります。
◆ しろしろジイチャンは、まずは携帯電話の「メモ帳」に、その時、その場で作った短歌をたくさん保存しています。
いつでも呼び出すことが出来ますから、短歌の推敲は簡単にすることが出来ますから便利です。
◆ 楽しさは、人に語ることによってその量は増加し、悲しみを人に語り、聞いてもらえば、その悲しみは薄らぐものです。
短歌は、人間の表現本能にもとづいているのです。
言葉は私たちの生命の流れであるからです。
◆ 短歌は元来欲得の世界にはありません。
短歌の属する世界は芸術の世界であり、利害打算を離れたものです。
このゆとりが大勇を生み、真の力を生みだします。
つまり「心に空所」を持つことが大切なのです。
◆ 何の役にも立たないと見える者が、実は偉大な力の源となって来るのです。
<倫理研究所しきなみ短歌会 故田島壮平著 「短歌入門課程」p9 短歌のすすめより>
日々の生活場面のその時、その場に意識を向けた時、
学び、教わることが多いですね。
一生は、今日一日の積み重ねです。
ありがとうございます
~しろしろジイチャン~
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