12月27日 木曜日 幸せになる”心のあり方”
~迷ったとき、悩んだときの我が人生の拠り所となれば~
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● わが子を育てる心構え
わが子は、自分の生命のわかれです。
われというこの自分自身は、自分の「親の生命の分かれ」です。
自分の生命のもとである、わが親にスナオになるとき、はじめてわが子は、その生命のもとであるわれにスナオになれるのです。
自分がわが親に対しスナオでなくて、どうしてわが子が自分にスナオであることが出来ましょう。
ですから、わが子をよく育てようという欲があるならば、何よりもまず、わが親を大切にしなければなりません。
スナオになるとは、一種の自己否定です。
自分のワガママを捨てるのですから。
自己否定とは、自己反省であり、自分の生命の本を振り返って、改めて自分を見つめ直して思うことです。
その実践こそ、本能的に、ただ親が子を育てるのと比べて、より人間的であり、倫理的なのであります。
それが「親の恩」であることを知ればこそ、ほんとうに人間として子を持った(すなわち親になった)と言えるのです。
<丸山竹秋 「ここに倫理がある」 p239>
◆ 先日は次男のお嫁さんの誕生日でしたので、しろしろジイチャンの家族揃って、西区の海岸へ産直の「焼き牡蠣」を食べに行って来ました。
孫娘の”ひなた”も早いものでもう9か月に成長しましたので一緒に連れていきました。
今日の言葉を純粋倫理の提唱者の丸山敏雄師から教えてもらったお陰で、わが家の家族も、驚くほどの愛和が出始めました。
普段は親子がそれぞれ別々に、それなりに自分自分の生活を堅実に過ごしていますが、家族の誕生日には、お互いが自分都合を捨てて、「一緒にご飯を食べることを優先する」という習慣がついて来ました。
特に、孫娘の”ひなた”が誕生してからというもの、次男夫婦も父になり母になってからは、見違えるようにしっかりした家族となってきて、われジイチャンもバアチャンもホッとしているところです。
その実践こそ、本能的に、ただ親が子を育てるのと比べて、
より人間的であり、倫理的なのであります。
それが「親の恩」であることを知ればこそ、
ほんとうに人間として子を持った(すなわち親になった)と
言えるのです。
ありがとうございます
~しろしろジイチャン~





