12月11日 火曜日 幸せになる”心のあり方”
~迷ったとき、悩んだときの我が人生の拠り所となれば~
1135
● 「すなお」な心
無為(むい=自然にまかせて、人為を加えないこと)の実践、
一切の生活に無為・無策、何の迷いもわずらいもない明朗闊達(かったつ=心が広く、物事にとらわれないさま。こせこせしていないさま)、
小児の如く天使のような無邪気な純情(スナオ)を取り返すこと。
これは人類の発生の当初から、我らの祖先がこの島に移り住むに到った当時から実行していたそのままの道であり、
動植物の生活はまさしくこれにのっとっていて、自然にして作為のないものである。
そしてこれは「すなお」の一道に帰一すること。
純情無垢(むく=煩悩のけがれを離れて、清浄であること。 2 けがれがなく純真なこと。うぶなこと)。
ただただ玉のような心を持することにある。
自分は生きている。
生きているとは、呼吸していることである。
呼吸は、大宇宙の大生命と呼吸している、宇宙生命と交通往来している、世界一の親銀行と取引している。
そこに無限の預金を持っている。
自分は実は、小さい自分ではない、大宇宙の大生命である。
この大生命を妨げるほどの病気もなく、
性癖(せいへき=性質上のかたより。くせ。)もなく、
貧(まずしさ)もなく、
苦悩もない。
この自覚が充実したとき、奇蹟とも思われるような現実の変化が現われるのである。
<丸山敏雄 「実験倫理学大系」 p136>
◆ 人生では、想定外の悪いことが襲ってくることもあります。
純粋倫理では、その原因は「己の不自然な心の持ち方に原因がある」と教えられ、その不自然な心をよく自覚して、「いまの生活の在り方を改めなさい!」という、大宇宙大生命からの危険信号であり、それをスナオに「受け入れる」ように教えられています。
それをそのまま、真正面から受け切って、自分を変えた時、明るい天地が打ち開けて来るのです。
これが「苦難は幸福の門」と言われる自然の生活法則なのです。
◆ また一方では、今日の言葉にある通り、自然無為、純情(スナオ)な心を持ち続けて、純粋倫理をそのままに受容(うけいれて)して、日々の生活を過ごしていると、ある日突然、思いもかけない良いことが、奇蹟的に起こってくるものだとも教えてくれています。
◆ しろしろジイチャンにも、その奇蹟が起きようとしています。
倒産した中から這い上がり、家族での元の豊かな生活を取り戻すべく残された人生の中で、最高善に向かって、丸山敏雄師から教えられるままに、自然無為、純情無垢な心でチャレンジしている姿を、次男は黙って見ていてくれたのでしょう。
次男「借家住まいはもったいない、僕がローンを組むから、お父ちゃんお母ちゃんの住む家を建てる!」と宣言して、下の写真のような素晴らしい環境の処に、土地を確保してくれました。
◆ 予想だにしない、まさに奇蹟が起きてきたのです。
しろしろジイチャンと違って、石橋を叩いてしか渡らない次男ですが、自分の子どもの”ひなた”が誕生して以来、
次男「夫婦共稼ぎが出来るのも、そばにジジババがいてくれて預かってくれるからだ」と言って、”ひなた”(9か月娘)の将来をも考えて、色々と資金や建物の計画を、楽しそうに悩みながら練っているようです。
わが家にとって、こんなありがたい出来事は、奇蹟としか言いようがない現象です。
◆ 候補地は、福岡市南区です
家の前は、周囲がジョギングコースに整備されている大きな池があります
この時期、渡り鳥が池に飛来して来て羽根を休めています。
都心にも近く、都市高速への出入り口もそばにあるという、素晴らしい景観と利便性のある場所です
◆ 下左・北東方向(古家の2Fベランダよりの眺望)
福岡空港の飛行機の離着陸と、遠景に若杉山が見えます
茶色の歩道がジョギングコースです
下右 南方向
わが家のお宝、”ひなた”です
自分は実は、小さい自分ではない、大宇宙の大生命である。
この大生命を妨げるほどの病気もなく、
性癖もなく、貧(まずしさ)もなく、苦悩もない。
この自覚が充実したとき、奇蹟とも思われるような現実の変化が現われるのである。
ありがとうございます
~しろしろジイチャン~



