5月6日 日曜日 幸せになる”心のあり方”

~迷ったとき、悩んだときの我が人生の拠り所となれば~

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● 知るは愛の端(はじめ)


知ることは愛の端(はじめ)になります。

夫に対し、妻に対し、愛情が湧かぬなどというのは、

夫の良さ、妻の良さを知らないからです。


夫の、妻の良さを、何か一つでも知ろうと努め、

心がけていますと、

ふとしたチャンスで、それがわかるようになります。


我がままで、良いところの一つもない女だと

思っていた妻が、

実は、率直で、またウソを言わぬ長所を持っている

と知り、愛情が深まり、”和”が強まるのです。


気の弱い、だらしない性質で、出世の出来ない

つまらぬ男だと思っていた夫が、

本当は正直者で、人の気づかぬところに親切な、

すばらしい人であったと知って、

夫に対する尊敬が、にわかに高まったという実例も

あります。



知ることは、愛情を深めるだけではありません。

”敬”も高まり、”和”も強まるのです。


人は欠点だけを見ていては交際も出来ません。



長所を見よ、とよく申しますが、

その長所も更に細かに、詳しく知ろうとしますと、

無限に新しい良さがわかってきて、

驚かずにはいられないのです。



相手に対して良さが無いということは、

こちらがそれと知らないだけの話なのです。

<丸山竹秋 「ここに倫理がある」 p24>



◆ 今日の言葉は、わが夫婦の間にこそ必要であった教えでした。


夫として、妻の良さを知るチャンスは、家庭内の活け花です。


華道という構えた花活けではなく、野辺に咲く小さな花を、家庭にあるさりげないビンなどを選んで随所にディスプレイしてくれます。

若い頃小原流という華道の家元師範までの資格を頂いていたからこその力量だと、何も知らないしろしろジイチャンは、気がついて、今は思えるようになって来ました。


このさりげない小花のディスプレイで、変わり映えのしない家庭内に新鮮な潤いをもたらしてくれます。

それにやっと気がついてきた今日この頃です。


そんな家内の心遣いの小さな活け花を、時々ブログに家内には内緒で掲載させていただいてますが、地味な生き方の妻は好みません。

しかし、しろしろジイチャンは、「こんな良いところがあるんだ!」と直接は口に出して言えないので、これまでの妻に対する対処の仕方を懺悔(ざんげ)し、今を感謝しているつもりで掲載しています。



◆ 先日有田陶器市で買ってきた雑器が、早速使われていました。


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有田焼の七福神の転写皿と唐津焼(龍福寺窯作)の湯のみです
いずれも100円でした

湯飲みは口がちょうどいい具合に欠けていたので、茎を止めるのにちょうどいい!と言ってました

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左側の花器はウニの瓶詰のトーメイのビンのようです
庭にある草花が生きてありましたが、パセリまでが活けられてました
日にちが経ってますから白いフリージアはもう終わりのようです

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右側が有田焼の小さな徳利です

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トイレの中にも、有田焼の徳利に活けてありました
これまでは首の永いガラス瓶でしたが、入れ替わってました

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有田焼の小さな徳利

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相手の長所を見よ、とよく申しますが、

その長所も更に細かに、詳しく知ろうとしますと、

無限に新しい良さがわかってきて、

驚かずにはいられないのです。




ありがとうございます

~しろしろジイチャン~