4月14日 土曜日 幸せになる”心のあり方”
~迷ったとき、悩んだときの我が人生の拠り所となれば~
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● わが仕事を愛せ
その日その日の仕事を、愛しているか。
わが日々の働く職場を、
”無上の働き場”と考えているか。
ともに働く人々を、愛しているか。
これが、貧富の分かれ目である。
今日私のしている仕事は、今日ただ今は、
私にとっては他にない仕事である。
これを立派に仕上げれば、人が助かり、世が救われ、
家が栄える。
この唯一の仕事を、なぜ大切と思わぬか。
その意義を知ったら、心から喜んでその仕事を愛する。
まごころを傾けて力を出す。
心を尽くす。
そうせずには、おれなくなる筈だ。
<丸山敏雄 「人類の朝光」 p54>
◆ しろしろジイチャンが好きな仕事とはなんだろうか?
欲がありすぎて、働けることは何でも好きになる!
ということが、長所でもあり、短所でもあるような気がします。
あれもしたい、これもしたい!と、あれやこれやの仕事に心が動くのです。
体は一つですから、スグには、あれこれ行動には移せません。
しかし、若い頃からどんな仕事にも興味を持つ性質でしたので、この歳になっても、世の中の動きや、新しい情報には、耳が行きます。
◆ そのお陰で、「今この時!」を大事にしているのかも知れません。
「今この時!」は過去を振り返ると
私のしている仕事は、今日ただ今は
私にとっては他にない仕事である。
私にとっては他にない仕事である。
という、気持ちから取り組んできたように思います。
◆ 自分の仕事を、今こうして、自分自身で振り返りますと、今67歳から残された人生での仕事の展望が開けて来そうな気がします。(笑)
<最初の仕事>
22歳で大学の英文科を卒業して、海外に行きたいとの想いから、貿易の仕事に就きたかったので、海運会社に入社して貨物船運行の配船係りを命ぜられました。
350トン~1,000トンクラスの貨物船10隻を、石炭、鋼材、肥料、大型機械、コンクリート電柱、電線ケーブル、雑貨などを、生産地から消費地に船で運ぶ仕事です。
365日船は海の上を走らさないと採算に乗りませんので、土日も無く、毎日船舶の動静を監視に会社に出てました。
船の運航に一番支障が出るのが雨、風です。
荒れた海では危険で船が走りません。
雨では、肥料や穀物や精密機械などの荷揚げ積み込みが出来ません。
貨物船が岸壁に係留されると、一日100万~350万円の損失が出るのです。
気がきでなりませんので、毎日会社に出ていました。
休みの時のデートも、たまにはありましたが、先ずは今日の船舶動静の確認と船との交信作業が、デートには必ず付属品としてついてくるのです。
今の家内は、こんな時の私の仕事の業務・経理の助手をしてくれていた職場結婚です。
<2回目の仕事>
海運業が、日本経済の構造的不況に陥り、廃業となりました。
頑張ることは、海運業と物流の仕事で培われましたので、仕事は面白かったが、会社が赤字ではない儲かっている業種の仕事に就きたいと思いました。
これまでとは、全く関係の無い、ファッション業界のディスプレーのマネキン・器具のリース及び店舗デザイン企画会社に、ファンション業界にいた長姉の紹介で転職しました。
26歳での中途採用でしたが、東京採用でしたので、生まれて初めて、東京に行きました。
夢と希望を抱いて、夜行列車に乗って、九州から出かけました。
◆ 現在ある自分は、この東京や京都、大阪などではたらいて来たサラリーマン時代の期間26歳~39歳まで、この仕事が大好きで、百貨店の閉店後の深夜作業や、その努力のお陰で出来上がった新規オープンの店づくりに携わり、多くのお店のお客さまに喜んでもらえる「店づくり」がとても影響しています。
現場作業は、閉店後と休日にかけての深夜作業も多かったのですが、船舶運航の時代に、土日もなく出勤していたので、ほとんど抵抗なく仕事が、責任感!だけで取り組めて、不満はありませんでした。
むしろ、人が休んでいる時や寝ている時に仕事が出来ることを喜んでいました。
それは、「早く仕事を覚えて、自分の会社を持ちたい!」という想いが強かったからです。
東京には、仕事を覚えるために、出稼ぎだ!と決めていました。
いずれ福岡に帰る!と決めていました。
その頑張りのお陰でしょうか、
この会社では、28歳で商品センターの所長になり、トラック12台、1500坪の倉庫と、商品管理の従業員約30名の責任者に抜擢されました。
この時も、前職の海運、陸運、港湾荷役、倉庫業での知識と知恵が生かされました。
その後、商品管理課長、商品部長、営業課長、営業所長、京都支店長、福岡支店長と、責任あるポジションを次々に経験させて頂きました。
業務の中身が違うので、あちこちの問題ある部署の改革担当にさせられてましたので、
何とか軌道に乗り出すと、次の部署への配置転換、しかもその責任者として
行かされていました。
デザイン部、総務部、経理部以外は、前セクションを廻らせて頂きました。
器用貧乏の性格を、会社から見抜かれていたのですね。(笑)
でも、これが現在ある、しろしろジイチャンの”不屈の精神”をつくってくれたことに間違いありません。
・・・・・長くなるので、後ほど、追加編集します。
・・・つづく・・・
その日その日の仕事を、愛しています。
わが日々の働く職場を、
”無上の働き場”と考えています。
ともに働く人々を、愛しています。
これが、貧富の分かれ目であると同時に、
わが人生を生きる”生甲斐”でもあります。
~しろしろジイチャン~



