11月28日 月曜日 幸せになる正しい生き方(69)
~迷ったとき、悩んだときの我が人生の拠り所となれば~
● 己を磨く――万象はわが師
自然は真理の百科事典、書籍(ほん)は
その索引(インデックス)である。
万象は真理の顕現(けんげん)であり、
芸術の開花である。
目を開いてこれを見、口をすすいでこれを味わい、
心を空(から)にしてこれに対する時、
興味津々(きょうみしんしん)、地上は喜びの楽土
と変わってくる。
古人は言った、「万象是我師」と。
まじめにこれに師事して尋ねる人には、
正しく答えてくれる。
昔の人は天を父、地を母と呼んだ。
父母(ちちはは)はその子の求めには、
何物をも惜しまず与えてくれる。
与えられぬのは、まごころから
これを求めないからである。
<丸山敏雄 「万人幸福の栞」 p41>
◆ 昨日の日曜日は、深まる秋を満喫したくて、
自然との触れ合う一日を過ごすことが出来ました
朝は、家の裏にある油山に続く遊歩道を散歩しました
◆ 九州でもやっと、日に日に葉が深く色づいてきています
赤や黄がとっても美しいです
すがすがしい朝の空気が、心を満たしてくれました
◆ 昼過ぎから、家内が「杉の葉を取りに山に行こう」と
言いましたので、一緒にお供しました。
選んだのコースは、自宅から30分程度の
筑紫郡那珂川町市ノ瀬から入山する
標高848mの九千部山です。
頂上には放送局や携帯電話の電波塔があるので、
全コース車でいけます。
◆ 家内もしろしろジイチャンも自然が大好きです。
特に山や川に囲まれた那珂川町で育った家内は、
付近の山や林道は、カーナビ以上に、どこに通じているかを
知っています。
◆ 今日のコースは、対向車が譲り合って通らなければ
ならないほどの狭い山道ですが、
那珂川町から九千部山頂を越えて、
筑後平野の佐賀県鳥栖市へ通じているそうです。
◆ 山に入ると、日頃の口げんかも収まり、
お互いにホッとする夫婦ですが、
自然の花や木々の枝葉の材料がたくさんあって、
季節ごとにどんなものと出会えるかが、
いつも一番の楽しみなのです。
家内は、「いつでも一人ででも行きたいが、一人では怖い」
と言い、時々私を、用心棒兼運転手として、誘ってくれます。
ふもとにまだ残っていた柿、美しかったので・・・
途中の梅林の中に、鮮やかな黄色に色づいた銀杏の木と
落ち葉が印象的でした
野苺が小さな実をつけていました
それを見つけた家内から、喜んで手伝わされました
九千部山頂より筑後平野、久留米方面の眺望
夕方に近かったので、霞んでます
各放送局の電波塔、後ろの山は背振山1.055mです
道中、目に留まったものを見つけると、
車を脇に止めて採取してきました。
◆ 山から頂いてきた本日の山の恵みです(我が家で)
ほとんどが、家内の水彩画のモチーフと家の生け花に使うようです
杉の葉、カラスウリ、ノバラの赤い実
野いちご
もみじ、小柴、枯れたあじさい(ドライフラワー)
バケツの水の中に投げ入れ仮置き
自然(山)は真理の百科事典。
万象(目に映る山野景色)は真理の顕現(けんげん)であり、
芸術の開花である。
目を開いてこれを見、口をすすいでこれを味わい、
心を空(から)にしてこれに対する時、
興味津々(きょうみしんしん)、
地上(自分の周りの環境)は、喜びの楽土、と変わってくる。
古人は言った、「万象是我師」と。
自然は、わが師である。
まじめにこれに師事して尋ねる人には、
正しく答えてくれる。
昔の人は天を父、地を母と呼んだ。
父母(ちちはは)はその子の求めには、
何物をも惜しまず与えてくれる。
◆ 早速昨晩、リビングにモミジとウメモドキの
赤々シリーズが活けられました
とても艶やかになりました
ありがとうございます
~しろしろジイチャン~




















