10月20日 木曜日 幸せになる正しい生き方(30)
~迷ったとき、悩んだときの我が人生の拠り所となれば~
● いとし子に愛をそそぐ
愛は真実の目覚めると、必ず知の輝きを放ってきます。
知は、本当に徹すると、愛の熱を伴ってきます。
日本では昔から、本当の心の発動――
まこと――を、太陽の光に擬しました。
そのお日さまを、慈愛の権化、叡智の精と拝んできました。
ごらんなさい、太陽光線は光であると共に熱です。
熱であると共に光です。
この不二一体の光と熱とが、渾然と一つの流れとなって、
いとし子の上に四六時中そそがれる、
これが親の愛情です。
これに加えて、地上の水気――水です
――この二つが完全に与えられる時、
万物が生々と伸び育ってゆきます。
両親の愛情、これだけは毎日毎日サンサンと
ふり注いでやりましょう。
いくらそそいでも、いくら出しても、減ることも
絶えることもないのが、親の愛情です。
水は時に涸(か)れることがあります。
しかし、太陽の光線は、どんな日も、どんな時も
変わることがありません。
親の愛――これを光線のように、
直く正しく、豊かにふり注ぎましょう。
<丸山敏雄 「学童愛育の書」 p67>
◆ 昨日のブログに書いた、「朝の光」は、このことだったのですね。
ふと、子供達のことを考えた昨日でしたが、太陽の光と影とに映し出された自然は、親の愛情だったのですか・・・
しろGも母の子供です。
太陽のような光を注いでくれていた母のことも、今日の言葉で、思い出されました。
◆ 昨晩は、久留米でした。
久留米大学付設高校時代の同窓生7人が集まって、
新校舎建設に当たっての各卒業回生ごとに、
卒業記念の陶板を100回生までを見込んだ、
壁面に意匠として貼るという企画案が出ていました。
2Fから5Fにかけての階段室の壁面に
各卒業回生ごとに約500角の陶板にそれぞれの想いを記すようです。
しろGの11回生は1Fから2Fへの踊り場の左端(オレンジの部分)の一等地が与えられているようですので、
デザインをする前に、みんなで11回生としてのテーマをフリートーキングしました。
「そのデザインを何にするか?」・・・という相談の大義を掲げて、
11回生代表幹事から声がかかり、気の合う仲間で久しぶりに久留米に集まりました。
東京1名、久留米2名、大牟田1名、福岡3名が
上津町の居酒屋「ちっご川」に集合でした。
◆ 11回生の卒業生が総数150人しかいない小さな高校ですが、
それでも、すでに12名が亡くなっているとの報告があってました。
「あいつも死んだのか!」
「○○とも、連絡がとれなくなっているのか!」など、
だんだんと老い先短くなって来た「今」、
卒業以来、さまざまな人生を歩んできた67歳の我々は、
これから先「何を人生に残すべきか」という話に、
お酒も入って大いに盛り上がりました。
孫の話、お金の話は止めよう!との提案があり、趣味のこと、奥さんのこと、
「自分たちの生き方」についての前向きな話を、冗談を言い合いながら
お酒を酌み交わしての時間でしたので、
とても楽しいひと時でした。
ごらんなさい、太陽光線は光であると共に熱です。
熱であると共に光です。
この不二一体の光と熱とが、渾然と一つの流れとなって、
私たちの上に、四六時中そそがれているのです。
この不二一体の光と熱とが、渾然と一つの流れとなって、
いとし子の上に四六時中そそがれる、
これが親の愛情です。
◆ お陰さまで7人で話し合った結果、
1.デザイン担当は、東日本は野尻君、西日本はしろGが取りまとめることになりました。
●11回生卒業記念陶板のデザインコンセプト
第11回卒業 ”同笑会”
・・・11回生だけの同窓会には、卒業以来、いつも使っている聞き慣れた固有名詞にする
2.その同笑会の意味は・・・① 「どうしよるかい?」というお国訛り、友達を思いやる心の表現
②「同志、寄る会」と、幼い頃の学びの友の集まりとする
この意味合いを表現する図案を3案出しましょう!
と決まりました。
学校、親への”恩返し”のチャンスを頂いたのかもしれません。
ありがとうございます
◆ さて、今朝も福岡は快晴!
中州川端倫理法人会の経営者モーニング・セミナーにも
いつもの通り、早起きして参加することが出来ました。
気力も十分に充ちています。
「今日一日、朗らかに、安らかに、喜んで、進んで働きます!」
ありがとうございます
~しろしろジイチャン~


