8月3日 水曜日 今日の道しるべ
● 人生の四苦の意味
世の人は、己を高くし、己を誇って、
名誉を得ようとして苦しみもがく。
健康を得れば物質(お金や物など)を、
物質を得れば名誉をと、
次から次に求めて止まない。
常に己を中心にして、あがき求めて、
求めることが出来ずに、不幸の淵に沈んでゆく。
いわゆる人生の四苦の
第一、
肉体の苦痛(病気、ケガなど)は、
精神のゆがみ、生活の不自然の影に過ぎぬ。
いや、そうした精神を持っているので、
正しく人生を過ごすことは出来ぬ、
との反省の資料である。
第二、
物質(お金や物など)についての悩みは、
己の働きの足らないことと、
卑(いや)しい欲心のかたまりであり、
悲しむべき心のもつれの反映である。
物の欠乏は、心の欠乏の影である。
第三、
他人にこうあって欲しいと求めるところは、
己の至らぬことの反映に過ぎない。
己が一切である。
自分がよくなれば、
おのずから周囲が変わり、事業が変わる。
末の世だとか、浮世だとか、悲しんだのは、
昔の夢であった。
ただ、自分が改まれば、すべてが解決する。
「万象は我が師」、人は我が心の反映である。
己を改めた時のみ、先方に現れた影が消え失せる。
「人を変えようとすれば、まず己を改めること以外にない」
環境を改めようとすれば、まず自分が変わることである。
これまでの自分は、他人のつくった世の中に出た、
仮のお客さんであった。
しかし今は、自分の創る世の中であり、
わが人生である。
人生劇の主役は、己自身である。
ここに人生観のすべてが一変する。
第四、
幸福も、名誉も、地位も、自分のものではない。
天が与えてくれた天与のものである。
それが今日までは、
どうかしてこれを得たい、
行き着きたいと焦っていた。
ここに人間生活の絶対法則(倫理)が
発見されてくると、
目標を見誤ったり、
どうしてそこに辿りつこうかと、
喘(あえ)ぐ必要が無くなってくる。
ただまっしぐらに、今の仕事、今の方向を
進めばよい。
倫理は、学説ではなく、主義でもありません。
天地を貫き、古今に通じる人類の生活法則であり、
この法則の上に教育があり、
真の教育が可能となるのです。
<丸山敏雄 昭和27年初版 「純粋倫理原論」 p215>
◆ 丸山敏雄師は、大正時代、広島高等師範、広島文理科大学に
学ばれて、教壇に立たれた教育者でもありました。
◆ よろい・カブトで身を固めたような古めかしい旧道徳では、
道徳を守り、正しいことをやっている(徳)人が
すべて幸せになり、悪いことをしたために
不幸になるとは限りませんでした。
いや、むしろ、道徳を守ったがために貧乏であったり、
少々悪いことをしても豊かになった(福)ということに、
納得できずに、
徳と福とが一致しない”徳福不一致”の原因を研究されました。
◆ 「人間が本当に幸せになる道筋があるはずだ!」との
信念のもとに、古代史や神話、あらゆる宗教、
四聖人といわれる釈迦や孔子、キリストやソクラテスの
文献などを研究され、
そのどれもが大自然の動きや法則の中から、
人が幸せになる道筋があることを発見されて、
旧道徳とは違う新しい道徳の”純粋倫理”を
世に示されたのです。
理論や学説や宗教ではない、
”実行によりスグに正しさが証明される法則”
つまり、”徳と福とが一致する”徳福一致”の生活法則を
提唱されたのです。
◆ まずは私たち一人ひとりが自覚し、正しい道に立ち返ること。
すると、日本の国を引っ張っている、今の政治家たちも、
信頼できる立派な方々に変わってくるかもしれませんね。
身に付けなければならない大切な生き方ではないでしょうか。
私たち一人ひとりから、自分を変えていきましょう!
◆ 徳福一致の生活法則の純粋倫理を身につけて
自分の目標を見誤ったり、
どうしてそこに辿りつこうかと、焦ったり
喘(あえ)ぐ必要が無くなってくる。
ただまっしぐらに、今の仕事、今の方向を
進めばよい。
ホッとさせられる言葉です。
ありがとうございます
~しろしろジイチャン~