7月27日 水曜日 今日の道しるべ
● 一人一芸を
私は多年、こう考えているのです。
”一人一事”でよい。
その選んだ一つを一生涯続けて研究し、
創作するのです。
そうしたら、天下に名を成すような方も
現われて来るのではないでしょうか。
そうすれば、身近に、周囲に、地域に、
花の達人、和歌の権威、書道の達者、
針仕事の名人、音楽の奏(かな)で・・・と、
文化生活を彩(いろど)るものは、必ず揃っており、
郷党の子女は、その道の権威者の指導によって、
若い芸術の芽を成長させていくのでしょう。
一人一人が、一つの芸道を強く深く
ありがとうございます
~しろしろジイチャン~
修(おさ)めたならば、
我が国は、どれほど潤(うるお)いと
底力のある強い国に成ることでしょうか。
<丸山敏雄 「書道藝術」 p262>
◆ 25日 月曜日 お昼に太宰府市観世音寺の
都府楼跡の真前にある~八女星の村のお茶~を
販売している「三十三茶屋(みとみちゃや)」に、
家内を連れて、行って来ました。
目的は、かねてよりご案内を頂いていたブロガ―の
「kayoちゃん」の個展を見に行くためです。
◆ しろしろジイチャンの奥さんも、お花やパッチワークや
水彩画の趣味での作品づくりの創造性に、
芸術家の片りんを持っていると思うから、
刺激になればいいかなぁ~と思って連れて行きました。
結婚以来39年間、ケンカしながらでも何とか、
一緒に生活して来て、お互いの性格を理解している
つ・も・りだからです。
kayoちゃんのこれまでのブログを拝見しながら、
自分の作品づくりに取り組む姿勢が、
家内と同じように心に映りましたので、
家内にkayoちゃんを紹介したくて、一緒に行きました。
◆ もちろん、kayoちゃんを、しろしろジイチャンしか
知りません。
私も初対面でしたが、
これまでにブログで交流を続けていましたから、
どんな方かはイメージしていました。
お会いした瞬間から、長年の知人であり、
心を許した親しい友人としてお会いすることが出来ました。
kayoちゃんは若いだけに、最初は緊張していたようですが、
何と!朝早起きして、私たちのために美味しいランチを
作って持って来て、待ってくれていました。
親を想う子の優しさかな~と思いつつ、
家内共々とても感激しました。
◆ 手作り料理を頂きながら、kayoちゃんの作品について、
創作動機や色合いとモチーフなどについて、
色々と、楽しく話は弾みました。
太宰府市観世音寺にある「三十三茶屋(みとみちゃや)」
三年前に出店されたようで、とても柔和な、お茶を嗜まれる
清楚な女性経営者でした。
お迎えも、おもてなしも、一流でした。
一本の丸太で作ったこんな可愛いワンちゃんが
腕組みして庭でお留守番をしていました
kayoちゃんが早起きして作ってくれた
自慢の煮込みハンバーグとサンドイッチ
自分の畑で取れたプチトマト
新鮮で良く冷えて甘かったですね~
母と娘のようで、二人ともおっとりとした物腰で
話のペースも穏やかに語り合っていました
同じ絵の芸術を志す者同士で、kayoちゃんは
家内を立て、家内はkayoちゃんを誉め称えながら、
とても話が合っていました
三十三茶屋とも親しいしろしろジイチャンの牧田社長も
kayoちゃんの展示会に駆けつけてくれました
牧田社長は「古材の森」という、歴史的文化財の要素を
持った建築120年の豪商の家を保存しながら、
文化イベント貸し会場と飲食喫茶を経営してあります
※ここの右下に表示されている「社長のブログ」に入る
◆ さてさて、kayoちゃんと家内が話して行くうちに、
家内も8月30日~9月4日に天神新天町の
「いとやギャラリー」での二人展の作品づくりの
話までに発展したようで、
kayoちゃんが、「家が農業ですから、畑に行きましょう!
この近くですから、ご案内します。
沢山の野菜を栽培していますから、
それを持って帰って、
絵の題材の足しにして下さい!」と、
案内してくれました。
二人とも、畑では童心に帰って、
楽しそうに実っている野菜を採取していました。
品定めをする二人
やった~
絵のモチーフの野菜はどこへやら
二人は食べて美味しい料理の事ばかり・・・
太宰府市観世音寺の三十三茶屋から車で15分
筑紫野市吉木のkayoちゃんのお父様が、
先祖代々引き継いでいる畑に行きました
昔からの自然のままの田んぼや畑が広がっていました
収穫して来た取れたての野菜です
早速わが家の竹かごに収まってました
黄色に変化したゴーヤや自然に傷ついたトマトなどは、
スケッチ用とのこと
◆ kayoちゃんの畑に行って、次のような道しるべが
目にとまりましたので、書かせて頂きました
先祖から農業を引き継いでいるお父様が浮かんできました
あとは、弟さんが兼業で引き継がれると聞きました
● 農は国のもと(本)
わが国で「農は国の本(もと)」だと言ったのは、
百姓が食物を作り出すからというだけではなく、
百姓が真の働きをする純情の人を作るからである。
自然は大まかのようだが、これに立ち向かった時、
小知恵やトリックはものを言わない。
ただただ純真無垢の清らかな働きで、
田畑と取り組み、山林に出で立ち、
作物と親子の縁を結ぶのである。
<丸山敏雄 「人類の朝光」 p77>
ありがとうございます
~しろしろジイチャン~











