9月20日月曜日 今日の道しるべ


●純乎(じゅんこ)たる人間愛は、無条件、無要求である。


人を生み、育て養う親の愛に、条件など一切ない。


一片の見返りも求めない純粋無雑なこの愛に泣き、


愛する側に脱皮していこう。


そうして初めて、人生の本道に立つことが出来る。


<倫理研究所発行 07'標語カレンダーより>


※言葉の意味

純乎(じゅんこ)=まじりけのないさま

無雑(むざつ)=まじりけなく、純一なこと


◆今日は敬老の日です。


今日の道しるべは、親想い、親を敬い、今は亡き親への孝行の足りなさを、深く顧みて反省することばかりが浮かんできました。


人間愛の究極は、親と子の関係ではないでしょうか。


生前の子どもの時からのことが、想いだされてきました。


両親への人間愛は、決して、無条件、無要求ではありませんでした。


申し訳なかったとの想いが、今では月一回の墓参の度に、わが家の現況や仕事の事、趣味の事などを、墓前に腰を降ろして、ジックリ話しかけて報告するようにしています。


すると不思議に、笑っている父と母の顔が浮かんできます。


子どもの頃反抗して、叱られていた時の怒った顔は、決して出てこないのです。


人を生み、育て養う親の愛に、条件など一切ないとは、このことを教えてくれているのでしょうか。


墓参で、毎月一回、親の愛に触れることで、とても気持ちが和らぎ、また奮い立たせてもらってます。


◆そして、今、二人の息子の父となりました。長男35歳、次男32歳になりました。


二人とも昨年と今年の5月に奥さんをもらい、新生活を始めています。

とても素敵なお嫁さんです。


自分本位の、わがままであったしろジイチャンとは大違い、妻である母の愛情が深かったのでしょう、とても素直で、想いやりが深く、子どもの時からさほどの反抗もなく、話せばよくわかる、いい男に成ってくれました。


◆今では、二人の息子に、注意を受けることがたびたびあります。


それに加えて、必ず、私の妻でありながら、母親が息子側に立って、強力な加勢は入ります。


1対3の多勢に無勢、今では、いささか父親として、言い訳したり、抵抗したもしますが、最後は「ハイ、分かりました!」と聞くようにしています。


それだけでも、ホッとしている我が家です。


◆話は変わりますが、今朝10:05~11:00まで、NHKで「介護短歌」の特集番組があってました。


親や夫や妻の介護の辛さを、5・7・5・7・7の31文字の言葉に託して、短歌で読むことの素晴らしさが、語られていました。


短歌を詠むと、自分で自分が励まされます。


一点に心を集中させるといろいろなことが見えてきます。


邪念が無くなり、純情な心が湧いてくるのです。


短歌は、今日の道しるべの通りで、


純乎(じゅんこ)たる人間愛は、無条件、無要求である。


人を生み、育て養う親の愛に、条件など一切ない。


一片の見返りも求めない純粋無雑なこの愛に泣き、


愛する側に脱皮していこう。


そうして初めて、人生の本道に立つことが出来る。


のです。


◆この番組に登場した沖縄の介護短歌の明るいグループは、実はしろしろジイチャンも6年前から教えてもらっている、文部科学省所管の(社)倫理研究所の文化部の「しきなみ短歌会」の人たちでした。


皆さん笑顔で、短歌を詠んで、お互いに助け合って、幸せな道を築いている、しろしろジイチャンの学びの仲間でした。


とても嬉しかったです。


◆短歌は、人を励まし、人を喜ばせ、人に勇気を与えることのできる日本独特の1000年続く文化なのです。


この伝統文化を是非、毎日の生活の中に趣味の一端として、取り組んで観てはいかがでしょうか?


これまで体験したことのない感性が、人間力が磨かれてきますよ。


人は誰もが、家庭や家族や親子や仕事や友人関係の中で、問題や悩みを抱えています。


越えなければならないと思っています。


その時、その場を自分の心の内を短歌に託してみると、不思議に安らぎと、ヨシやろう!という勇気が湧いてくるのです。


短歌で心の内を、31文字で、飾らずにそのまま表現するのです。


◆アメブロの中にも、毎日短歌を詠まれていある素晴らしい方々もいらっしゃいます。


こうやって拙いブログを書いていると、そんな素晴らしい方とのご縁が出来るのですね~


ありがとうございます


~しろしろジイチャン~