8月25日 水曜日 今日の道しるべ


● 正しい心は、正しい姿勢に保たれている


「心身一如」と昔から教えている。


姿勢を正せば、乱れた心も自然に正される。


伎芸の稽古を積めば、必ずそうだと解る。


日々の暮らしでも、姿勢を意識してみよう。


腰骨を立てて背筋を伸ばせば、


心はシャンと引き締まる。


<倫理研究所発行 08'標語カレンダーより>


※言葉の意味


心身一如(しんしんいちにょ)=心と体は別モノのように見えるが、見えない世界では全く一つながりであるということ。仏教用語「一」は不二、「如」は不異の意。真理はただ一つであること。

伎芸(ぎげい)=歌舞音曲(かぶおんぎょく)など芸能に関するわざ。


◆しろしろジイチャンも、ブログを書くようになってから、パソコンに向かう時間が多くなってきた。

座ったままで、何とかお尻は動かすものの、同じ姿勢でキーを叩く時間が長い。


この時、一番注意するのが、腰骨を立てることと背筋を伸ばすことである


これを意識的に、何度も繰り返している。


決して悪い姿勢では、自分の納得のいく内容のブログを書くことが出来ないように思う。


無意識のうちに、心をシャンとさせているのであろう。


ここまでは、パソコンに向かう人はみんな同じだと思う。


◆しかし、しろしろジイチャンはバイクにも毎日、足代わりに乗る。


暑さ、寒さをそのまま受けて、季節の変わり目など自然とのふれあいが、直接肌で感じられるのが好きなのだろう。


もう毎日愛車のバイクを走らせて30年以上になる。


今は、250ccのスクーターなので、市内走行には最高である。


渋滞を横目に、確実に時間通り、約束の場所には行けるから、バイクは最も信頼できる”友であり分身”であるから手放せない。


しかも、つねに身の危険と背中合わせの緊迫感が、姿勢と神経を研ぎ澄ましてくれる。


咄嗟の危険回避は、まさに乗った時の姿勢そのものであることを常に思う。


ここにも、腰骨を立てて背筋を伸ばして、バイクと一体となる必要がある。


つまり「物心一如(ぶっしんいちにょ)」 の世界に身を挺している、と言っても過言ではない。


◆心身一如と同じで、「物」と「心」が一つになるという意味である。


いまこうやってブログを書いているパソコン(物)とも、一如にならなければ、満足のいくブログは書けないであろう。


また、この歳まで48年間、幼友達とカントリー&ウェスタン・バンドを組んで、趣味での演奏活動を続けているが、それぞれが弾いている楽器は、まさに演奏の命である。


納得のいく演奏が出来るためには、テクニックだけではない。


弾く前の”調弦”と終わった後の手入れに心を込めることが、絶対に欠かせないことである。


これが物心一如の世界である。


大切にしなければいけないな~と、改めて書いているうちにパソコンや、弾いてるギターへの感謝の念が湧いてきた。


◆さて、話はバイクに戻そう。


人と逢う時には、バイクの緊張感がそのまま持続されて、ダラダラしない! 


テキパキと行動できるという、バイクに乗った者しか味わえない「対処する姿勢」の妙味を感じる。


◆また、しろしろジイチャンは小学校3年生の時から、柔道場に通っていた。


「礼に始まり礼に終わる」という日本古来からの「姿勢を正す」ことを叩きこまれてきた。


それは姿勢が、一切の基本となり出発点となるからである。


その理由は、


「人間の体が、だだ単に肉体としての存在ではなく、


精神そのままの表現(あらわれ)であるからである」


と、この倫理の学びの中で、わが師丸山敏雄の言葉から教えてもらった。


ありがとうございます


~しろしろジイチャン~