1973年に「弟」となった他人が、1945年に失踪した「兄」の慰労金を受け取る
本当の被害者でありながらも、生前にもらうべき補償をもらえなかった人に遺族がいるなら代わりに補償金を与えてもよいだろう。しかし、何の血の繋がりもない人でも「養子」もしくは「義兄弟」になることで、お金をもらえるという判例が存在する。これが果たして正当な判断だろうか。こうなると金目当ての「養子」や「義兄弟」が現れるかもしれない。韓国政府にそれを防ぐ対策はあるのだろうか。
日本統治期の経験者たちが亡くなっても、その子孫たちに「市民団体」は近づく。子孫も補償金を申請できると。実際、ある子孫たちが韓国政府から補償金や慰労金を受領したとのニュース、受領できるようになるとの報道に多くの人々は期待を寄せる。
2011年4月5日韓国のある新聞に徴用被害者に対して韓国政府が「慰労金」名目で支給する金を「弟」が代わりに受領できるようになったとの記事が載った。記事によるとN氏は自分の「兄」が1944年日本により軍人として動員されたまま行方不明になったと韓国政府に遺族慰労金を申請した。しかし、韓国政府は申請者が、「兄」が行方不明になってから約30年後の1973年、行方不明になった兵士(兄)の親と養子関係を結ぶことにより、「兄」の「死後」に兄弟関係になった人物であることを理由に支払いを拒否してきたという。地方裁判所、高等裁判所共に「死後に兄弟関係になった人が、犠牲者の死亡による苦痛をしたとは考えられない」という理由で棄却したのだ。
しかし、これが最高裁判所へ行ってひっくり返った。戦没者と血のつながりがない人でも「遺族」と認められ、「受領者」になり得るとの判決が出たのだ。こうなると、数千、数万の新たな「遺族」、「受領者」が発生しかねないと思うのだがこの判決に問題はないのだろうか。
また、国務総理室傘下「対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者支援委員会」のホームページの「よくある質問(FAQ)」には「強制動員の事実を証明できる書類、記録がない場合の申請方法」が書いてある。「隣友保証書」を添付すればできるという。「隣友保証書」とは家族以外の人が被害内容を具体的に記した陳述書である。つまり、近所の人が「文書」で強制動員事実を保証さえすれば、慰労金を申請できるということだ。
これと同じケースの詐欺事件は既に問題になったことがある。1980年に起きた光州事件(韓国軍警とデモ隊が衝突し100人以上が死亡した事件)の被害者を名乗る人の中に「隣友保証書」を悪用し、何千万ウォンもの補償金を受け取った事例が何件も摘発されたのである。しかし、これはごく一部の例に過ぎない可能性が高い。実際に隣友保証書を悪用した人がどれくらいいるのかは把握されていない。
日本統治期の強制動員被害者の申告を受け付けた結果、被害者届を出した全18万5524件の中から被害者として認められたのは18万3583件。申請者の98.9%が慰労金を受け取る被害者として認定されたという。
その中で「隣友保証書」をもって被害者として認められた件数がどれくらいかはわからないが、前述した市民団体による詐欺事件で80%が嘘の被害者だったことを思えば不信を感じるような高い割合だと思うのは、私の邪推だろうか。
ところで、徴用・徴兵経験者と遺族は、それが「志願」によるものだったとしても公の場ではそれをいわない。「日本による動員」もしくは「強制動員」と表現せざるを得ないのだ。「採用者(徴用者)たちは歓喜に溢れ、船内では全員株に耽って、元気旺盛そのものであり、手稲鉱業所への就業後も、休祭日は自由に札幌市内に繰り出し、ショッピングはもとより銭函湾での船遊びまで楽しんだ」というのは1939年に徴用された人の証言であるが、このような証言をしたばっかりに「慰労金」を支給しないなどと言われるようなものなら大変なことになる。「慰労金」を受給するためにも自分たちは被害者でありつづければならない。