属国願望が強かった朝鮮人
では、朝鮮はいつから、なぜ中国の属国となったのか。
朝鮮における王朝の成立については、史実かどうかは別にして、殷王朝の一族である箕子が朝鮮に渡り「開国した」と、『史記』に記されている。その後、燕一族の衛満による「衛氏朝鮮」王朝が出てくる。このように、朝鮮の歴代王朝は中国王朝の一族によってつくられたとの説もあるが、三韓、三国時代の朝鮮と中華帝国との関係がどのようなものだったのかは明確ではない。また、朝鮮半島を征伐した漢の武帝が前108年に置いた「四群」が朝鮮王朝の始まりとなったという説もあるが、議論の多いところである。
どちらにしても中国の周の時代からすでに周辺の夷的と冊封関係をとっていたようだ。朝鮮半島もその例外ではなかった。
中国との宗属関係が決定的になったのは、七世紀の統一新羅の時代からだった。新羅は唐の後押しで三国を統一することができた。そのため、当然ながら新羅は属国として唐に忠誠を誓ったのだ。以後、半島の王朝交替などによって多少の強弱はあったものの、朝鮮は中国歴代王朝の属国に甘んじつづけた。五代十国時代(907~975年)の数年間に例外の時期があったものの、ずっとちゅうかていこくの「千年属国」であったことは史実なのだ。
さらに、この宗属関係は、決して中華帝国が一方的に強要したものばかりではなかった。半島の王朝は、権威勢力を含めた政権確立と政治安定のための中華王朝に対する冊封を必要だとして、みずから進んで属国になったこともある。
この朝鮮史と比べて、ベトナム史はじつに対照的であった。ベトナム人は1000年以上にわたって中華帝国の侵略に抵抗し続けたのだ。唐末の内乱により広東に南漢政権が生まれるとベトナムは自立したし、938年には呉権が南漢干渉軍を破って独立を確保した。その後、ベトナム内の王朝は変わり続けたが、宗、元、明、清などの干渉軍を退けている。
このように、ベトナムでは中華帝国の干渉を排除しようとする意志が強かった。中華帝国の属国になっているときでさえ、それは表面的なものでしかなく、中華帝国も宗主国としての体面を保つだけの君臨でしかなかった。
これに対し、朝鮮歴代王朝の「尊中華」は半端なものではなかった。事大(小国が大国に仕える)主義そのものであるだけでなく、属国願望が徹底してあった。ときには、中華王朝が迷惑がるほど、その願望は強かったのだ。
たとえば宋の時代。宗は北方の契丹人や女真人の脅かされており、莫大な貢ぎ物を契丹族の遼王朝と女真族の金王朝へ贈っていた。つまり事実上、国防のために遼と金から安全を買っていた状態だった。そんなときでさえ、高麗朝の朝貢使は朝貢と冊封を要請してきていた。宗は、北方の強敵に誤解されやしまいかと、高麗の朝貢に難色を示したほどである。
また、李朝朝鮮の始祖である李成桂は、高麗朝の王位を簒奪し明王朝の冊封された。やがて明は満州人の清に滅ぼされたが、李朝朝鮮の朱子学者などはあいかわらず、明への忠誠を守り、反清復明と唱えて清の討伐を企てた。だが、それも満蒙八旗軍により徹底的に蹂躙されてしまい、完全に清の属国になってしまった李朝朝鮮は、今度は明に戈を向け、明人を虐殺したのである。
清の冊封体制は、17世紀末から18世紀にかけてほぼ完成された。東アジアに君臨する一大帝国となった。その天朝朝貢冊封体制とは、多重的帝国統治体制である。
その前提として、清王朝では中華帝国の本部である18省と満州人の祖国である満州とでは、異なる支配体制をしいた。つまり中国本部(明の領土)は、満州人の植民地に等しい性格を持っていたのである。そして本部以外の地域とは、次のように朝貢関係を規定していた。
一 満州は天領とし、入植禁止
二 モンゴル、回部(のちの親彊}チベットなどは藩部とされ、将軍、バチカンなど、従属関係の反自冶国とする。外洋大名にあたるものである
三 朝鮮、ベトナム、シャムなどは朝貢国、属藩とする
四 ビルマ、ネパールなどは準朝貢国とする
五 ポルトガル、オランダ、イギリス、イタリア、(サルディニア)バチカンなど、貿易関係にある西夷は朝貢貿易による朝貢国とみなす
六 日本、東南アジアの諸海港都市などは貿易関係を持つ互市国(朝貢国以外の国家)とする
当時のオランダやイギリスなどの「西夷」が、中華帝国の朝貢国家あったかどうかは、非常に主観的なものであるため、ここでは議論しないでおこう。少なくとも19世紀に至るまでの中華世界と東亜世界の関係においては、清帝国こそが天下唯一の国家主宰者であり唯我独尊的な帝国だとし、天下を睥睨していた。
大帝国と他国の貿易関係は、天下秩序を象徴する代表的なものである。そのため、世界の中心を自認する清帝国にとっては、周辺諸国にとどまらず遠方の西夷に及ぶまで、対等的な貿易関係は許せるものではなかった。実際、清朝の朝貢文書『皇清職貢図』(1761)でも、イギリスとオランダを清の属国としている。また、清の法規集の一つである『嘉慶法典』(1818)に収録されている朝貢国には、朝鮮、琉球、ベトナム、ラオス、シャム、ビルマだけでなく。オランダ、ポルトガル、イギリス、ローマ法王庁まで入っている。
ベトナムって国は、今も昔も頼もしいですね。