日本人は心優しき侍
ご存知の方も多いと思いますが、良質な動画を共有させていただきます。
「日本人は心優しき侍/世界から感謝される日本」
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(S.S.ヤダウ氏 全インドINA教会事務局長)
私が最も日本人を好きになったのは、シンガポールが陥落した頃、
捕虜となった我々を兄弟のように扱ってくれた事でした。
イギリス人は我々を差別して、一緒に食事もしないし、
同じ車にも乗りませんでした。
ところが日本人は、喜んで我々と一緒に食事をしてくれました。
このように、人種や身分といった差別を抜きにして、
同じ釜の飯を食べ、平等な取り扱いを受けたことが、
我々インド国民軍に大きな精神的な影響を及ぼしたのです。
(T.R.サレン氏 インド国立歴史調査評議会理事)
分割して統治をする、それがイギリスの方針でした。
現在、インドが抱える多くの問題はすべてイギリス支配の遺産なのです。
カースト、人種、宗教の問題はイギリスの統治にあたって、
より強調され、より対立が深められました。
(シシル・ボース氏 ネタジ記念館館長)
日本がアメリカとイギリスに宣戦布告した時、
指導者であるチャンドラ・ボースは飛び上がって喜びました。
彼はアジアに帰るべきである、とただちに決意したのです。
ネタジは我々インドの独立ために、インドが武力闘争を行なう為に、
その協力を日本に求めるべきだと決心したのです
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◆インドネシアより
(ケマル・イドリス氏 元中将・ペタ出身)
日本精神は我々にとって一番。
なぜなら「日本精神」で、我々はオランダに向かったのです。
我々はこの精神を独立戦争に持ち込み、その結果独立を達成したのです。
我々は武器は無く、たとえ竹やりで戦っても勇敢でした。
だから我々は日本が独立戦争の基本となった軍人能力を与えてくれた事に、
大変感謝しているのです。
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インドネシアは度重なる戦争の末、
1949年11月から開かれたオランダハーグでの円卓会議によって、
ようやくインドネシアは完全独立を達成します。
1994年8月16日 ジャカルタ
インドネシア独立記念日 前夜祭パレードにて集合する
かつての独立戦争の勇者たち
手には日本刀に竹やり、頭には国旗の鉢巻。これが独立のシンボルとなっている
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◆マレーシアより
(ウンク・アジス氏 元マレー大学副学長)
戦争という体験によって我々は強くたくましくなりました。
これを必要としない人もいるかも知れませんが、当時マレーシアでは
このようにはつらつとして強固な人間を育成するためには、
非常に重要だったんです。
日本軍がもたらした「大和魂」のような考え方を持つこともです。
おそらく今の日本ではこの考えは必要無いと思われているでしょうが、
わが国では独立のためにこのかんがえがどうしても必要だったのです。
これは戦争による心理的インパクトです。
このことによって我々の独立は早まりました。
だから我々はこの点を大変感謝しているのです。
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◆ビルマより
大東亜戦争開始前の昭和16年2月、ビルマ独立を目指す青年30名が、
ひそかにラングーンの港から日本へ脱出しました。
この中にはアウン・サンやネ・ウィンなどビルマ独立・建国に
活躍する指導者が含まれていました。
彼らは今日、独立30人志士と仰がれています。
このビルマ青年の脱出を支援したのが鈴木啓司大佐を機関長とする
日本の「南機関」です。
(ソウ・ミン氏 元陸軍士官学校第57期生)
私の軍は1か月で300人以上が集まりました。
どうしてそんなに集まったかというと、国民はビルマ独立義勇軍を
待ち望んでいたからです。
義勇軍はビルマの政治と独立を与えてくれる軍隊が、
今、日本軍と協力して戦ってきた軍隊だ、と。
この信念、この決意で全ての若者や学生達が軍に入隊したのです。
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昭和17年6月、ビルマ全土を占領した日本軍は軍政を実施します。
やがて鈴木機関長はビルマを離れる事となり
アウン・サン達は鈴木機関長に心のこもった感謝状を贈りました。
「我らはビルマ独立軍の父、ビルマ独立軍の指導者、
ビルマ独立軍の恩人を末永く懐かしみ、
将軍のビルマ国への貢献はいつまでも感謝され、
たとえ世界が滅ぶとも、我らの感謝の気持ちが滅ぶことはない」
(キン・モン・トン氏 元陸軍士官学校第58期生)
私達は、陸軍士官学校で多くの事を学びました。
中でも、日本の軍隊における「軍人精神」が
私の心の中で今も強い印象として残っています。
(ソウ・ミン氏 元陸軍士官学校第57期生)
軍に規律に従い、上官の命令に従って、
国の為に必要ならば死を恐れてはならない。
それが「軍人精神」です。
今のビルマ国軍は4つの義務がありますが、日本の場合は5つありました。
それを言いましょう。
一、軍人は忠節を尽くすを本分とすべし
一、軍人は礼儀を正しくすべし
一、軍人は武勇を尚ぶべし
一、軍人は信義を重んずべし
一、軍人は質素を旨とすべし
「日本兵士を讃える歌」
父祖の時代より 今日の日まで 美しきマバオの村よ
言い知れぬ喜びと平和 永遠に忘れまじ
美しきマパオの丘に 日本兵来り 戦えり
インパールの街目指して
願い果たせず 空しく去れり
日本兵 マパオの丘に来る
それは4日の火曜日 1944年のことなりき
我は忘れじ4月のあの日
罪無き民も散り散りに 西に東に追いやられ
再び神の恵みを受け 集まり住まん
この地マパオに
広島の悲報 勇者の胸をつらぬき
涙して去れる日本の兵士よ
なべて無事なる帰国を われ祈りてやまず
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(青山繁晴氏の言葉)
皆さん、これ聴いて下さい。
私が感動したのはね、日系アメリカ人は本当に尊敬されている。
もう1回言います。ワシントン、シカゴ、ニューヨーク、
結構幅広く話を聞きましたが、「いや、日系人だけは別だ」と。
ナショナリズムで言ってるんじゃないですよ
それは本当に先人達に感謝すべきで
アメリカに行った日系人が商売をする時に
その、ケチな商売をせずに、たとえば地域に奉仕もする、
それから、貧しい人に割引きもする、
それから、何よりもウソをつかない、絶対にウソをつかない。
それはアメリカ人にとって大事な事だから日系人だけは尊敬されている。
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(NHK「その時歴史が動いた」より
白洲次郎が天皇からの届け物をマッカーサーに届けた際、マッカーサーが「適当にその辺にでも置いておいてくれ」と言った。
ぞんざいに扱うマッカーサーに白洲は激怒します。
「天皇陛下からの贈り物を、その辺に置けとは何事か!」
その剣幕に、さいものマッカーサーもあわてて謝った、といいます。
最高権力者にさえ物怖じしなかった白洲には1つの信念がありました。
「我々は戦争に負けたのであって、奴隷になったわけではない」
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最後の言葉が今の日本人に一番伝えなくてはならない言葉です。
日本は良くも悪くも第2次世界大戦で敗戦国となるまでは
「敗戦」とは何なのか、体験した事がありませんでした。
ドイツは何度か滅亡寸前まで追い詰められるくらい負けた事があったけど、
決して「奴隷」にはならなかった。
しかし、日本は負け方を知らなかった。
それを知っていたアメリカは日本人に戦争の罪意識を植え付ける計画
「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」によって
洗脳工作を始めました。
それが戦後60年以上経っても、反日日本人が増え続けている結果です。
私は
「日本人が日本を好きにならないと、日本を守ろうという考えには至らない」
と考えます。
なので、私は過去の先人達が残してくれた素晴らしい功績を拡散し、
興味を持ってもらい、そこから日本の憂うべき現状を伝えています。
幸いにもネット社会の到来によって、
マスコミの虚構が暴かれる時代になってきました。 皆様もこうした動画が多く出回っていますので(内容が正しければ。。)
気に入ったものを、どんどん身近な人に見せてみて下さい。
きっと何かが変わっていくはずです。
現在の日本人の商売の仕方などを見ていると「詐欺」に近い商売をし利益だけを貪り消費者は気が付かないまま騙され後で気が付き騙し合いの連鎖が日本を余計に不況にしているのだと網。
日本人の「信義」を現在の日本人の多くは忘れています。
日教組教育で日本人としての誇りを徹底的にこわされ
尾羽打ち枯らし自信を無くしている日本の子供たちに
この動画を見せてやりたい、見せてやりたい、見せてあげたい。