メンテナンスでピグができないので、むくれてブログを書き書きします。
以下、絵文字なしの長文のため、読みにくい可能性大ですのでご注意くださいませ。
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結婚してから今まで、多くの産婦人科の先生と出会いました。
初めての流産のとき
繋留流産だったため、自然に出てくるまで待ちましょうと言ったA先生。
一ヶ月たっても赤ぽんはでてこず・・・そろそろ手術しましょうか、でも実は僕、もうすぐこの病院辞めるので、他の先生で・・・。という薄情な先生。
長い期間、赤ぽんをとどめておいたせいか、手術を待たずして人生で一番の大出血。麻酔なしの手術に大絶叫。血圧急低下で看護師さん大慌てでした。
今でも憎い、昭〇病院。
2度目の流産
所沢市へお引越し。ちょっとオサレな個人クリニックの先生はドSなB先生。出血して夜間診察に駆け込んだときは、「あんたお母さんなんだから!!しっかりしなさい!」「流産しても、それは立派なお産なんだよ」といつも怒られてました。繋留流産が決まったときだけ、お説教はありませんでした。
個人クリニックでのソウハ手術が不安で、もう少し大きな病院で手術を受けました。
C先生はとても優しく、手術後の不育症検査もしてくれると言ってくれました。
またしても手術前に大出血がはじまり、明け方に病院へ。腕の良さそうなD先生は、だーちゃんにも手術の説明を細かくして、「麻酔してくださーーーーーい!!!」という私の叫びに「麻酔するに決まってるでしょ!」と言ってくれて、笑顔で眠りに落ちたことを良く覚えています。
術後の診察で現れたのは女医のメガネババアのE先生。
不育症検査をしたいという私に「ハァ!??不育!??あなた、赤ちゃんも見えてなかったんだから、そんなのしたって意味ないわよ!まぁどうしてもしたかったらしてもいいけど?」と信じられないお言葉が・・・。
あまりの悔しさ&怒り&悲しみで、不育症の名医を調べまくり、はるばる東海大の杉先生のもとへ行きました。「じゃんじゃん血液検査して、原因を調べましょうね」と言ってくれて、ああ、これで私は救われる、と心から安心しました。
3ヵ月後、治療方針が決まり、バイアスピリンの服用だけということもあり、転院することに。
デブメガネババアのいる病院へ、いやいやながら行くことに。デブメガネババアの診察は受けません、と受付に宣言し、はるばる東海大からの紹介状もあったことから院長の診察になりました。
「原因がわかって良かったねぇ」と、おじいちゃん院長。
なんかびみょーだなと思いつつ、ベビ待ち再開。
2ヵ月後、誕生日のクリスマスイブに陽性反応。おじいちゃん院長も「おめでとう」と喜んでくれたのもつかの間、出血が始まる。年末年始の休みに入る直前だったため、たいのう確認していないにも関わらず、切迫流産扱いで入院させてくれました。病院で年越し。先生からは「バイアスピリンを中止したらどうか」と言われましたが、不安になり東海大へ電話。杉先生は不在でしたが、詳しい先生が話しを聞いてくださいました。
「抗核抗体陽性なら、バイアスピリンは飲み続けてほしいですね。あまりにも出血がひどいようなら、母体に影響がでてもまずいので、先生と相談してみてください。」とアドバイスしてくれました。
あいかわらず続く生理様の出血。結局たいのうを確認することなく、妊娠反応もなくなってしまいました。
不育症に詳しくない病院が、こんなにも心細いのか・・・と思い知らされ、大宮の不育症専門のクリニックへメール相談してみました。すぐに丁寧なお返事がきて通院を決意。バイアスピリンの服用に関しても、あっさりと「杉先生の見解に間違いはないでしょう。」とのこと。もじもじと、「サイレイトウを飲みたいのですが」というと、快く処方してくれました。それからタイミング指導を始めたのですが、初回はしつこいくらいの排卵時期のエコー検査。おかげで、どこの病院でも排卵前に左の卵巣に必ずあった、2センチほどの卵胞だと思っていたものは、実は卵巣のう腫だということがわかりました。
そんな先生のもとで指導を受けるも、あっという間に半年が経ってしまいました。
妊娠しても、この病院は11週で卒業。転院先は、ご近所ピグ友さんにお勧めしてもらった国立の病院にしようと思っています。とにかく、次の妊娠が順調で、安心できる病院・先生のもとで無事に出産したいと思っています。
以下、絵文字なしの長文のため、読みにくい可能性大ですのでご注意くださいませ。
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結婚してから今まで、多くの産婦人科の先生と出会いました。
初めての流産のとき
繋留流産だったため、自然に出てくるまで待ちましょうと言ったA先生。
一ヶ月たっても赤ぽんはでてこず・・・そろそろ手術しましょうか、でも実は僕、もうすぐこの病院辞めるので、他の先生で・・・。という薄情な先生。
長い期間、赤ぽんをとどめておいたせいか、手術を待たずして人生で一番の大出血。麻酔なしの手術に大絶叫。血圧急低下で看護師さん大慌てでした。
今でも憎い、昭〇病院。
2度目の流産
所沢市へお引越し。ちょっとオサレな個人クリニックの先生はドSなB先生。出血して夜間診察に駆け込んだときは、「あんたお母さんなんだから!!しっかりしなさい!」「流産しても、それは立派なお産なんだよ」といつも怒られてました。繋留流産が決まったときだけ、お説教はありませんでした。
個人クリニックでのソウハ手術が不安で、もう少し大きな病院で手術を受けました。
C先生はとても優しく、手術後の不育症検査もしてくれると言ってくれました。
またしても手術前に大出血がはじまり、明け方に病院へ。腕の良さそうなD先生は、だーちゃんにも手術の説明を細かくして、「麻酔してくださーーーーーい!!!」という私の叫びに「麻酔するに決まってるでしょ!」と言ってくれて、笑顔で眠りに落ちたことを良く覚えています。
術後の診察で現れたのは女医のメガネババアのE先生。
不育症検査をしたいという私に「ハァ!??不育!??あなた、赤ちゃんも見えてなかったんだから、そんなのしたって意味ないわよ!まぁどうしてもしたかったらしてもいいけど?」と信じられないお言葉が・・・。
あまりの悔しさ&怒り&悲しみで、不育症の名医を調べまくり、はるばる東海大の杉先生のもとへ行きました。「じゃんじゃん血液検査して、原因を調べましょうね」と言ってくれて、ああ、これで私は救われる、と心から安心しました。
3ヵ月後、治療方針が決まり、バイアスピリンの服用だけということもあり、転院することに。
デブメガネババアのいる病院へ、いやいやながら行くことに。デブメガネババアの診察は受けません、と受付に宣言し、はるばる東海大からの紹介状もあったことから院長の診察になりました。
「原因がわかって良かったねぇ」と、おじいちゃん院長。
なんかびみょーだなと思いつつ、ベビ待ち再開。
2ヵ月後、誕生日のクリスマスイブに陽性反応。おじいちゃん院長も「おめでとう」と喜んでくれたのもつかの間、出血が始まる。年末年始の休みに入る直前だったため、たいのう確認していないにも関わらず、切迫流産扱いで入院させてくれました。病院で年越し。先生からは「バイアスピリンを中止したらどうか」と言われましたが、不安になり東海大へ電話。杉先生は不在でしたが、詳しい先生が話しを聞いてくださいました。
「抗核抗体陽性なら、バイアスピリンは飲み続けてほしいですね。あまりにも出血がひどいようなら、母体に影響がでてもまずいので、先生と相談してみてください。」とアドバイスしてくれました。
あいかわらず続く生理様の出血。結局たいのうを確認することなく、妊娠反応もなくなってしまいました。
不育症に詳しくない病院が、こんなにも心細いのか・・・と思い知らされ、大宮の不育症専門のクリニックへメール相談してみました。すぐに丁寧なお返事がきて通院を決意。バイアスピリンの服用に関しても、あっさりと「杉先生の見解に間違いはないでしょう。」とのこと。もじもじと、「サイレイトウを飲みたいのですが」というと、快く処方してくれました。それからタイミング指導を始めたのですが、初回はしつこいくらいの排卵時期のエコー検査。おかげで、どこの病院でも排卵前に左の卵巣に必ずあった、2センチほどの卵胞だと思っていたものは、実は卵巣のう腫だということがわかりました。
そんな先生のもとで指導を受けるも、あっという間に半年が経ってしまいました。
妊娠しても、この病院は11週で卒業。転院先は、ご近所ピグ友さんにお勧めしてもらった国立の病院にしようと思っています。とにかく、次の妊娠が順調で、安心できる病院・先生のもとで無事に出産したいと思っています。