「おはよ、今日行くから」
「うん。」
「あと、大事な話があるんだ」
「何?話って…」
「ちゃんと顔見て話したいから」
今日、家に来る事は知ってる
それをわざわざ電話してくるって…
…話ってなんだろう…嫌な話じゃないよね?
ちょっと不安に思いながらスマホをカバンにしまい、リビングに向かう
しょおちゃんに出会って10年
僕は高校を卒業して、今はトリマー目指して専門学校に通ってる
しょおちゃんは通信で大学の勉強をしながら、以前お世話になっていたセンターの補助職員として子供たちに勉強を教えている
夏までもたないと言われていたブクは、僕たちと庭にチラチラと舞い降りる雪を見ながら、そのまま眠るように虹の橋を渡った
今日はブクの3回目の命日…
ブク…ブクがしょおちゃんを僕の所へ戻してくれたんだよ、ブクの温もりがしょおちゃんに伝わったから…
ありがとうね、ブク
ブクの写真に手を合わせ、
小さな箱をそっと撫でる
「行って来ます」
「ブク、しょおちゃんが来たよ」
二人並んでブクに手を合わせた
「ねぇしょおちゃん…話って何?」
「ん?ちょっと…後でゆっくり話すよ」
二人でコソコソ話してるとお母さんがニコニコしながら紅茶を用意してくれた
「翔くん、ご飯食べてくよね?」
「ありがとうございます」
これは毎年の事、ブクの命日は必ずしょおちゃんも来てゆっくりしていってくれるから、お母さんも嬉しいみたい
「ブクは翔くんが大好きだったよね
私が声をかけても知らん顔なのに、翔くんが来ると嬉しそうにしっぽ振ってたの覚えてる?雅紀」
「覚えてるよォ
ずっと寝てたのにしょおちゃん来るとパッて起きるんだよ、しょおちゃん愛されてんなァって思ってた、ふふふ」
「あとあれ、二人でお庭キャンプした日にシャボン玉したじゃん?
その時のブク、真ん丸な目をして前脚伸ばして触ろうとしてて…あれは可愛かったなァ~」
ブクの思い出話は尽きないね
みんなでワイワイ昔話をしながら食事を終えると
「おばさん、ちょっといい?雅紀も…」
「あら、なにかしら?」
「お母さんもなの?」
「そ、おばさんにもちゃんと話しておきたい、てか、聞いて欲しい、てか、お願いがあって」
「『てか』多くない?ふふふ」
「ハハッそれ言うなって」
しょおちゃんは僕とお母さんをソファーに座らせて、自分は床に座った
そして、いつになく真面目な顔をして
「雅紀、おばさん、僕…ひとり暮らしを始めようと思っています。」
「え?そうなの?」
「うん。それでおばさんにお願いがあります
雅紀くんが学校を卒業したら、一緒に暮らしたいと思っていて…許して貰えないでしょうか
雅紀くんの卒業まで一生懸命働いて、お金も貯めます。おばさんに心配かけないようにします。雅紀くんを守れる男になります。おばさん、お願いします」
しょおちゃん…なにそれ…
ずるいよ、なんで黙ってたの?
そんなふうに思ってくれてたなんて、、
嬉しすぎるよ…泣きそうだよ…
僕はソファーから跳ねるように飛びおりて、しょおちゃんの隣りに座り直した
「お母さん、僕、一生懸命勉強してちゃんと仕事に就いてちゃんと働く!だからしょおちゃんと一緒に暮らしてもいい?お願い!」
「お願いします!」
しょおちゃんと二人並んで頭を下げた
「顔をあげなさい」
お母さんの声はとても優しくて
「あなたたち、大きくなったわね
あんなに小さかったのに…ふふふ
二人とも凄くカッコいいわよ
翔くん、おばさんは反対しないわ
泣き虫だった雅紀が翔くんの為に頑張ろう、って強くなったのをずっと見てきてるから
翔くんの事が大好きなのは知ってたから
翔くん、雅紀、二人で助け合って頑張りなさい」
そう言ったあと、
「雅紀、しっかり勉強しなさいよ!」
ってクスッと笑った
しょおちゃん…ありがとう
あと一年、死ぬ気で頑張るから
二人の物語は、どんどんページを重ねていく
しょおちゃんと僕の物語…
「しょおちゃん…ありがとう
でもさ、そんな大事な事…なんで話してくれなかったの?」
「なかなか言い出せなくてごめん…でも今日はブクの命日で、朝起きた時になんか知んねぇけど今日言おうって思ったんだ
もしかしたらブクが背中を押してくれたのかも」
「そっか…ブクに感謝だね」
そう言ったあと、僕は堪えていた涙が溢れ出た
「ブク…ブク、会いたいよ…ブクに会いたい…」
ブク、今頃何してる?
いっぱい遊んでる?
いっぱい走り回ってる?
僕はしょおちゃんとずっと一緒だよ
ここにブクが居ないのが寂しいよ…
あとね…
小さな恋の物語の登場人物は三人だったよ
僕としょおちゃんと、そしてブク
やっぱりブク無しでは語れないよ
そうだよね、ブク…
ブク、ずっとずっと大好きだよ
キミの事は絶対に忘れない
ブク、ありがとう
またいつか三人でシャボン玉しようね
おしまい