2022.1.14に公開のクライ・マッチョ(Cry Macho)を見ましたか?
イーストウッド演じる落ちぶれた老人マイクと少年ラフォが、メキシコからアメリカに向かう道中での困難や成長などを描いた映画です。
昨日見ましたが、今も心の中で反芻して楽しんでいます。劇場では、若い人から年配の人まで様々な皆さんが楽しんでいました。
ここからネタバレを含みますのでご覧になった後、またお越しください。





・様々な対比があります。2つの違いのあるものがそれぞれ融合していきます。
「老人と少年」・・・主人公の二人です。妻と子どもを失い落ちぶれて静かな暮らしをしている老人マイクと、思春期あたりで元気があるが、家庭には課題のある少年ラフォ。
この二人が最初はうまくいかないが、互いの良さや欠点をぶつかり合いながら受け入れていく。まるでお互いの原家族の再生のような雰囲気がありました。大勢で食事をしている場面では、二人が家族をそれぞれ味わっているようです。おばあちゃんと孫とマイクとラフォは、直接の血縁はないんです。大好きなシーンです。
ラフォは、マイクとマルタの恋に気づいていてマイクに耳打ちします。
・「馬と車」・・・馬と車が同じ画面で走っていました。昔と今の移動手段です。印象的でした。そして二人にとって「馬」への想いはかなり違います。同じ馬を違う目で見ている。
暴れ馬を落ち着かせるのは、脅しではなく馬の言い分を聞こうとすることでした。
・「マッチョとチキン」・・・マイクが鶏のことを「マッチョ」と呼ぶことは最後までなかったと思います。
「人は自分をマッチョに見せたがる。力を誇示するために。それが何になる。くだらんよ」と言います。
「マッチョ」は力を誇示したい人のこと、力を誇示して人をコントロールしたい人のことを言ったのでしょう。
ラフォは、力を誇示することがカッコいいと思っていたけれど、マイクの生き様を見て新たな生き方のモデルを獲得したのでしょうか。
力を誇示するための鶏の「マッチョ」はもう必要無くなった・・・
「力を誇示する生き方」はなんか違うな、マイクの見せた父親像が、暴力に支配されていたラフォに新たな生きる道を与えていたように思えました。
鶏のマッチョにも新しい生き方が待っています。闘鶏を命じられる人生(?)は終わり、ドリトル先生のもとで生きていきます。「大切にするよ」とマイクが言いました。大切にしてもらい生きていくんです。
・「英語とメキシコ語と手話」・・・ラフォは、英語をメキシコ語を通訳するときに「これは言えないよ」と言い、マイクは手話の内容をラフォに聞かれた時に「聞かないほうがいい」と言いました。
ここは、笑い声が出そうになり焦りました。
マルタとマイクは言葉の壁を越えてました。この二人の関係を「間主観的」と言うのでしょうか。
全編を通して、クリントイーストウッドのカウボーイハット姿がカッコよく、ラフォの純真さが心地よい映画でした。
イーストウッドの作品の「グラン・トリノ」「運び屋」も見たくなります。
本ページの情報は2022年1月時点のものです。
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