***ニュージーランドにて育つ*** -26ページ目

***ニュージーランドにて育つ***

我が子と共に成長できてるのかな私?
ちゃんと、記録しておかなきゃね。。。

monチャン、5歳。ただいま1年生。


これを読んでくださっている人が見たら
「ん?」
と、思うかもしれない。


NZでは、5歳になったら小学校へ入学できる。
5歳の誕生日を過ぎたら、小学校へ行っていいのだ。

monチャンは8月が誕生日。
去年の誕生日から学校へ通っている。
でも、そのときからYear1(1年生)というわけではない。

まず準備期間のようなものYear0(ゼロ)期間がある。

そして、
日本で言うところの年度初めが2月なので、
このときから、Year1になった。

年度の初めあたりが誕生日の子どもは、
その子どもがどの学年に属すべきかを、
先生と両親で相談して決めるみたいだ。

いきなりYear1のクラスへ入るほうが落ち着く子もいるだろうし、
Year0からはじめるほうが居心地がいい子もいるだろうし、、、。

そういったところがゆったりとしているところも、
子どもがのびのびと成長できていいように思う。



一応、宿題なんかも持って帰ってくる。
リーディングの小冊子が日替わりで毎日。


同じクラスにいても与えられるリーディングの本のレベルは、
子どもによって違っている。


1クラスの数も少なくて(monチャンのクラスは24名)、
先生がひとりひとりの学力をよく観察してくださっているから
できることなんだろうなぁ、、と、思う。


今日持って帰ってきたのは、
「Our Fish」
というタイトルの本。

ここのところ急に文章が長くなってきたし、
今日は16ページもあった。

私が中学1年生のとき、こんなに難しかったかなぁ。。。




ハカとは、あの、ニュージーランド代表のラグビーチームが、
試合前に並んで中腰で膝を叩きながら叫んでいるので有名な鼓舞。

もともとはニュージーランドの先住民マオリ族の戦士が、
戦いの前に相手を威嚇するためのものだったとlupoが教えてくれた。


まだ日本に住んでいたころ、空手家の角田信朗さんが、
ハカを習いたいということでニュージーランドに訪れる番組を見た。

マオリの血を引く者たちの家みたいなところで歓迎され、
ハカを披露してもらい友好的な雰囲気ではあったものの、
結局ハカを習うことはできぬまま番組は終わった。

私は、ハカというものは他の民族に容易く教えられるなものではなく、
マオリの血を引くものが代々受け継ぐような、
とても神聖なものであるからだろうと思った。

つい最近までそう思っていた。


monチャンが帰るなり、

「カ マテ、 カ マテ、」

、、と、始めるまでは。。。



学校で週一回、マオリ語の授業がある。
言葉を学ぶだけでなく、遊び歌や、ダンスなどもしているみたいだ。
文化や風習を後世に残すための取り組みなのだと思う。
その中で、ハカも習っているらしい。
もともとが戦士(男)の鼓舞なので、女の子達は合いの手役にまわるため、
monチャンは物足りず、帰ってから発散させていたみたい。


私の住む地域は、様々な人種がいる。
とくに多いのがアジア人。
マオリ語を習うことや、文化に触れることはいいことだと思う。
でも、なぜ、
だから、なぜ、

角田さんは、ハカを教えてもらうことができなかったのだろうか。
ここに疑問が残ってくる。。。




5月はイベントが続く。

義兄の誕生日、母の日、lupoの誕生日。


今日は母の日だった。

母の日は毎年義父母とランチを共にする。
お義母さんがゆっくりできるように、
レストランに出かけるのがお決まり。

けれども、今年はお義父さんが術後で体調が
まだ思わしくないので、義父母宅でのランチとなった。
lupoが食事を準備することになった。
だいたい義父母宅で食事会があるときは、lupoが担当する。
中学生くらいのときから食事係だったらしく、
お義父さんは、お義母さんが作るよりもlupoが作ったほうが、
「おいしい」という回数が多いと思う。


当然義兄も来る。
この人ただいま無職。(かれこれ1年)
バツイチ41歳。子どもなし。マレーシア人の彼女あり。


IT系の人で、定職についたことはない。
いつも契約社員として雇われ、長くて3年くらいで次を探す感じ。
コンピューター相手には結構デキるらしい。
結構、高給取り。
相当な額を稼いできた。
離婚のときに守りきった持ち家もある。
車は3台。


、、、なのに、無一文に近い。



家に大きなコンピューターがある。
このコンピューターを守るための金庫のような小部屋を作り、
リビングスペースを広げるために壁を外し、
床を敷きなおし、
新しいキッチンを入れるために、古いキッチンは取り外した。
半地下を掘り広げ、新たに部屋を作るのかと思いきや
工事は途中止め。

資金がないから。。。

寝室が4部屋もあるのかもしれないけど、
屋根があるだけのただの箱の中に住んでいるような状態。
庭も手入れをすればとても広いのに、ただの荒地。

こんな状態のままもう既に何年も経った。

この工事ために稼いだお金を全てつぎ込んだわけではない。


いったいなんのためにお金を使ったのか?

それは、、、


数年前、ドメイン名をオークションで落札した。




なんと、10万USドルで。。。


ありえない。



お金の使い方がおかしい。




このドメインと、金庫の小部屋にあるコンピューターを使って
将来なにか始める計画があるのか、
それとも、ただ温めておいて、またオークションに出品するのか、、

全くの謎。


離婚のときに結構お金を持っていかれた経験があるから、
目に見えるお金を残さないように決めたのかもしれない。


それにしても、お金がないからという理由で、
義父母と私たちとレストランに行っても食事代を払わなかったり、
家族で集まるときに手ぶらで現れたり、、、
一人前の大人とは思えない行動が目に余る。

見ていてイライラすること多々あり。


今日はめずらしくトレーにお皿やパンをのせて
いつもどおり時間に遅れて義父母宅にやってきた。
(いつも時間に遅れてやってくるかなりルーズな人)

どうやら、昨日の夜、仲間を自宅に呼んでバーベキューをしたらしく、
(キッチンはないけど、外でバーベキューはできるらしい。)
その残り物を持ってきたようだ。


のこりもの?

それは、持ってこないほうがよかったのでは。。。


それに、私たち、もう5年住んでいるけど、
一度もバーベキューに招待されたことはない。




まぁ、今日の母の日ランチ、
5月の2回目のイベントは一応無事に終わった。
次はlupoのバースデーパーティー。


ひとつ気になることは、
母の日のカードをどうして毎年、お義父さんはお義母さんに用意するのか。
どうしても、納得いかないんだなぁ。。。